人間と自由

政治は藝術の敵

藝術が人間の心に訴へる力は強い。だから政治は藝術を利用したがる。しかし政治と藝術は兩立しない。藝術は精神の自由を必要とし、政治はそれを否定するからである。 大東亞戰爭(アジア太平洋戰爭)中、日本政府は國民の士氣を鼓舞するため、さまざまな藝術…

祈りが墮落するとき

宗教は人類の歴史とともに文化や倫理の形成に大きな役割を果たしてきた。しかし宗教は、他のさまざまな事柄と同樣、政治と結びつくとき墮落する。とりわけその墮落があらはになるのは、戰爭においてである。戰ふか戰はないかは本來個人の良心に照らして判斷…

國家崇拜の醜惡

國家とは人間の形成する集團の一つにすぎない。ところが近代以降、社會における國家の存在が異樣に肥大した。それが最も鮮明になるのは戰爭のときである。戰時には、國家を超える價値觀を信じることが許されず、逆らふ者には賣國奴の罵聲が投げつけられる。…

復讐のコスト

肉親を殺されたことに對する復讐は、個人の權利である。その權利を國家の死刑制度は奪ひ、個人に復讐を許さない。これは個人の權利を不當に侵すものだから、死刑を廢止し、個人による復讐を復活しなければならない。反對者は「もし復讐が復活すれば、血なま…

市場よ、センターを取れ

アイドル集團、AKB48の次のシングル曲を歌ふメンバーをファン投票で決める「選抜総選挙」を、今囘初めてテレビでしつかり觀た。一人一票でなく、CDを買つた枚數だけ投票權が附いてくる仕組みは、一部の識者にすこぶる評判が惡いやうだ。朝日新聞夕刊のコラム…

『新ナニワ金融道』と惡法の問ひ

『ナニワ金融道』のマンガ家、青木雄二が死去して今年で九年になる。青木が副業のエッセイなどでマルクスや共産主義を持ち上げるのには辟易したが、本業の『ナニワ金融道』はそんな政治的イデオロギーを感じさせず、貸金業の裏面を生々しく描いて文句なしに…

『刑事コロンボ』はなぜ(リバタリアンにも)面白いか

主演のピーター・フォークが昨年死去したのをきつかけに、テレビドラマ『刑事コロンボ』の「舊シリーズ」全四十五話をレンタルDVDで半年ほどかけて觀た。子供の頃NHKでよく觀たが、すべて觀たのはこれが初めてだ。話によつて多少の出來不出來はあるものの、…

差別ですが、それが何か?

はるな檸檬のマンガ『ZUCCAxZUCA(ヅッカヅカ)』(講談社)の第2卷が出た。熱狂的な寶塚歌劇團ファン、いはゆる「ヅカヲタ」たちのしあはせな日常を描いて爆笑を誘ふこと、他の追隨を許さない。いや、追隨も何も、寶塚ファンのことばかり描いたマンガなど、…

リバタリアンは決定論を否定するか

映畫『アジャストメント』(ジョージ・ノルフィ監督、2011年)をレンタルで觀る前にユーザーレビューを眺めてゐたら、かう書かれてゐた。「運命は実はそれなりに決まっていて、それを逸脱しようとすると、『神の見えざる手』が働きますよと。それに対して、…

『荒木飛呂彦の奇妙なホラー映画論』

荒木飛呂彦『荒木飛呂彦の奇妙なホラー映画論』(集英社新書、2011年)人氣マンガ家である著者の本だから、お氣に入りの作品をただ羅列し、紹介する駄本であつても、賣れたことだらう。しかし本書はそのやうないい加減な本ではない。借り物でない、自前の見…

『アイアムアヒーロー』と市民の武裝權

鈴木英雄、三十五歳。マンガ家として短期間ながら雜誌に連載を持つたこともあつたが、その後鳴かず飛ばずでアシスタントとして糊口をしのぐ。焦りと不安を感じながらも決まりきつた日常に流される日々だ。そんなある日、人々を原因不明の怖ろしい災厄が襲ひ…

遠くにありて

「西崎くん。17歳の時つきあってた子って、だれ?」 「……クラブのマネージャーやってた子」 「好きだった?」 「そりゃあ、その時はね」 「もどりたいわね、17歳の時に」 「そうかな、おれは今でいいや。人生やり直すのめんどくさい」 (私は、もどりたい。…

市場の驚異を語れ

第一次世界大戰で若くして命を落とした兵士の一人に、アメリカの詩人、ジョイス・キルマーがゐる。もつともよく知られるのは「木」("Trees")といふ短い作品だ。 思ふに、木ほど美しい詩に めぐりあふことは決してあるまい 大地のゆたかな乳房に 餓ゑた口を…

無縁社会は惡くない――島田裕巳『人はひとりで死ぬ』

地域や家族の人間關係が稀薄になり、孤獨死が増える「無縁社會」が社會問題として取りざたされてゐる。菅直人總理は對策を檢討するため、反貧困ネットワーク事務局長の湯浅誠内閣府參與ら有識者による特命チームを設置するやう指示したといふ。しかし無縁社…

バズの墜落

三歳の娘にせがまれて、ディズニーのアニメ『トイ・ストーリー』をヴィデオ(日本語吹替版)でかれこれ四五囘觀る羽目になつた。世界初の全篇3D・CGアニメと云ふ事で、最初は畫像に對する興味だけで觀てゐた。たしかに映像は見事である。だが、ドラマの…

冒險家精神の抹殺に抗へ――映畫『マン・オン・ワイヤー』

1974年8月7日朝、ニューヨーク世界貿易センターの前を通りかかつた人々は、その場に立ちすくんだ。二つの超高層ビルの頂上の間に張られた一本の綱の上を、命綱もなしに、一人の男が歩いてゐたからだ。男の名はフィリップ・プティ。フランスの大道藝人だ。197…

金錢蔑視といふ僞善の告發――ジョージ秋山『銭ゲバ』

少年時代、極貧のため母に死なれた蒲郡風太郎(がまごほり・ふうたらう)は金錢に強い執着を抱く。長ずるにつれ手段を選ばぬやり口で巨額の富を蓄へ、金の力で政界進出まで果たすが、悲劇的な最期を迎へる。ジョージ秋山のマンガ『銭ゲバ』(幻冬舎文庫、全2…