市場と國家

國家主義といふ宗教

個人と國家の關係について、大きく二つの考へがある。個人が目的で國家はその手段とみなす個人主義と、國家が目的で個人はその手段とみなす國家主義である。人間の歴史は、この二つの思想のせめぎ合ひだつたといつてよい。國家主義は人間の古くからの素朴な…

世界標準を疑へ

景氣が惡いときには、中央銀行が金融緩和を行ひ、政府が財政支出を擴大して、經濟をテコ入れするのが經濟政策の「世界標準」だといはれる。そのとほりだ。しかし世界標準だから正しいとは限らない。現在の世界標準とされるこれらケインズ流の經濟政策は、む…

統制經濟の悲喜劇

政府は政治的目的を達するために、しばしば經濟に介入する。しかし政府が介入すればするほど、經濟の働きを歪める。その結果、政府は目的を果たせないばかりか、思はぬ副作用を惹き起こす。それを抑へ込まうと介入を強めれば、さらなる副作用をもたらす惡循…

タックス・ヘイブンは惡か

税金がない、またはほとんどない國や地域であるタックス・ヘイブン(租税避難地)は、日本を含む他國政府から惡のレッテルを貼られ、地球上から抹殺されさうになつてゐる。しかしタックス・ヘイブンは惡ではない。惡いのは重税を課す政府であり、タックス・…

大きな政府の幻想

市場に積極的に介入する「大きな政府」は、經濟の繁榮を妨げる。大きな政府の極致である社會主義は、ソビエト聯邦や舊東歐諸國の崩潰後、さすがにほとんど支持されなくなつたが、「ほどほど」の大きな政府である福祉國家(現在の日本、米國、多くの歐州諸國…

資本主義のシナ、社會主義のアメリカ

シナ(中國)は市場經濟が發展してきたとはいへ社會主義の國であり、米國は市場原理主義が大手を振つて歩く資本主義の國――。これが兩國に對する世間一般のイメージだらう。しかし、もはやさうしたイメージは現實とは異なる。シナこそ堂々たる資本主義國であ…

大きな政府は國を滅ぼす

小さな政府を支持する市場原理主義は國を滅ぼすと、保守革新の言論人はともに主張する。しかしそれは誤りである。國を繁榮させるのは小さな政府であり、大きな政府は國を衰亡させる。その眞理を雄辯に物語るのは、一千年の長きにわたり存續したビザンティン…

無政府社會は可能だ

「無政府」といふ言葉からたいていの人が思ひ浮かべるのは、おそらく混亂、無秩序といつた状態だらう。實際、國語辭典で「無政府状態」を引いても、「社会の秩序が乱れ、行政機関が全く機能しない状態」と書いてある。しかし、政府(行政機關)が存在しない…

「資本主義は不安定」のウソ

資本主義を批判する論者はしばしば、「經濟危機が起こるのは資本主義が本質的に不安定だから」と主張する。しかしそれは間違つてゐる。資本主義に不安定なところはない。經濟危機が起こるのは、資本主義のせゐではなく、政府が資本主義に介入するからである。…

高橋是清の虚像

戰前の政治家、高橋是清を崇める聲が政治家や言論人の間で高まつてゐる。高橋が主導した大幅な金融緩和や積極財政は、日本經濟を昭和初期の恐慌から救つたとされる。しかしこれは誤りである。現在のアベノミクスの先驅けである高橋の政策は、その場しのぎの…

保守は左翼と同根

保守主義者といへば、左翼とは水と油の關係だと信じられてきた。ところが實際には、左翼と似た主張が少なくない。それが顯著なのは經濟問題で、自由貿易に反對したり、規制緩和を批判したり、大きな政府を擁護したりと、ほとんど左翼と變はらない。しかしこ…

經濟學者の暴走統計學

統計學は面白い。Σや√といつた記號を見ると頭が痛くなるけれども、具體的データに基づいて人間の直觀を覆すエピソードは樂しい。ベストセラーとなつた西内啓『統計学が最強の学問である』(ダイヤモンド社)でも、たとへば最近流行のビッグデータに疑問を投…

金保有批判の愚

橘玲は『日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル』(ダイヤモンド社)で、インフレ對策としての金保有について否定的見解を述べる(113-114頁)。内容ごとに分けて引用しよう。 金は鉄や銅などの金属とちがって工業用としてはほとんど用途がなく、地中か…

國家頼みで資産は守れない

街を歩いてゐるとき、逃走中の強盜犯が兇器を手に現れたら、どうすればよいか。もちろん、できるかぎり遠くへ逃げなければならない。身を守りたければ、間違つても強盜犯に近づいてはいけない。資産を守る場合も同じである。個人の資産にとつて最大の脅威は…

死刑免除は遺言で決めよ

刑事法學の大御所で、元東大教授の團藤重光(だんどう・しげみつ)が先週九十八歳で死去した。最高裁判事も務めた團藤は、死刑制度廢止を強く主張したことで知られる。しかし死刑を廢止するにせよ、維持するにせよ、政府が畫一的に決めれば、反對意見を持つ…

課税・國債・輪轉機

政府がお金を手に入れる方法は三つしかない。取るか、借りるか、作るかである。具體的にいへば、それぞれ(1)課税(2)國債の發行(3)お金の創造――といふことになる。なほ、(3)のお金とは、具體的には紙幣(お札)や銀行預金で、それらを作り出すのは形式的には…

社會主義者ケインズ

ケインズの主著『一般理論』が山形浩生の新譯(正式な邦題は『雇用、利子、お金の一般理論』)で講談社学術文庫に入つた。すでに電子版もインターネットで公開されてゐるが、同時に手頃な紙の本として讀めるやうになつたのは、世界が財政金融危機に襲はれて…

不徹底な自由の擁護――池田信夫・藤沢数希の原發本

福島原發事故一年を前に、池田信夫、藤沢数希といふ二人の著名ブロガーが相次いで原子力發電に關する本を上梓した。いづれも基本的には原發を含む電力の自由化を唱へてをり、その限りにおいて評價できる。しかし仔細にみると、肝腎な部分で政府の關與を許容…

【飜譯】通貨安はユーロ圈を救ふか(ショスタク)

筆者:フランク・ショスタク (2012年2月9日、ミーゼス研究所デイリー・コラムより〔原文はこちら〕) ニューヨーク大學の經濟學教授、ヌリエル・ルービニは2012年1月25日、スイスのダヴォスで發言し、〔金融・財政の〕緊縮政策はユーロ圈の景氣後退を惡化さ…

私作る人、僕奪ふ人(F・オッペンハイマー)

人間が生きるために必要な富を手に入れ、欲望を滿足させるには、根本的に對立する二つの手段がある。それは勞働と掠奪である。つまり自分で骨を折つて働くか、それとも他人が働いて得た成果を力づくで奪ひ取るかだ。掠奪とか力づくで奪ひ取るとかいふと、犯…

相場觀と正義感の物語――『世紀の空売り』

マイケル・ルイスの新刊『ブーメラン』がベストセラーになつてゐる。それに刺戟されてか、二年前に出た前著『世紀の空売り』(東江一紀譯、文藝春秋)がまた賣れ始めてゐるやうだ。『ブーメラン』も面白さうなのでいづれ讀んで感想を書きたいが、この機會に…

經濟學に數學はいらない

「文系人間」の私は大學受驗を最後に、數學とほとんど縁のない生活を送つてゐるが、數學とは不思議で美しいものだといふ氣持ちはある。たとへばオイラーの等式だ。一見何の關係もなささうにみえる圓周率、對數、虚數がじつは相互につながつてをり、その關係…

『資本論』は砂上の樓閣

「日経BPクラシックス」から、マルクス『資本論』が中山元氏の新譯で刊行され始めた。賣り物のひとつとなつてゐるのは、これまで「剰余価値」と譯されてゐた語を「増殖価値」と改めたことだ。「訳者あとがき」によると、「Mehrwert の Mehr は、たんなる剰余…

貿易協定はいらない

あけましておめでたうございます。今年もラディカルに頑張る所存です。どうぞよろしく。 昨年11月、政府が環太平洋經濟連携協定(TPP)交渉參加を表明し、同協定への關心があらためて高まつてゐる。本屋の經濟書コーナーをのぞくと、一年近く前に刊行された…

闇金融は惡くない

真鍋昌平のマンガ『闇金ウシジマくん』の最新刊、第23卷(小学館、2011年)で中心人物となる高田は、丑嶋社長率ゐる闇金融業「カウカウファイナンス」に勤める前、ホストクラブでホストとして働いてゐた。ホストをやめたきつかけは、客の一人だつた未成年の…

理論武裝にスキあり――藤沢数希『日本人がグローバル資本主義を生き抜くための経済学入門』

ブログ「金融日記」で知られる藤沢数希氏の新刊『日本人がグローバル資本主義を生き抜くための経済学入門――もう代案はありません』(ダイヤモンド社、2011年)は好著だ。おそらく最近出版された日本人著者による經濟本のなかで、これほど徹底して市場經濟・…

サンデル教授、やつぱりヘンですよ

昨年のベストセラー、マイケル・サンデル『これからの「正義」の話をしよう』(鬼澤忍譯、早川書房)が早くも文庫本になつた。單行本が出たときに一度この本については批判を書いたが、文庫本には特別附録として、來春刊行豫定といふ最新作 What Money Can't…

松本清張「西郷札」――通貨強制がもたらす悲劇

肩のこらない短い物語が讀みたくなつて、光文社文庫の『松本清張短編全集』第一卷を買つてきた。冒頭に收められたのは昭和二十六年のデビュー作「西郷札」である。松本清張といへば推理物だから、歴史物らしいこの作品はこれまで敬遠してゐたが、せつかくな…

『日本人として読んでおきたい保守の名著』

潮匡人『日本人として読んでおきたい保守の名著』(PHP新書、2011年)カバー見返しの内容紹介にかうある。 「ネット保守」という言葉に代表されるように、若い世代で「保守」を自認する人が増えている。しかし、保守層にも日米・日中の外交関係から、TPP参加…

『デフレの正体』

藻谷浩介『デフレの正体――経済は「人口の波」で動く』(角川oneテーマ21、2010年)著者紹介欄によると、藻谷氏は「平成合併前の約3200市町村の99.9%、海外59ヶ国を概ね私費で訪問した経験を持つ」といい、現場で得た豐富な情報を賣り物にしてゐるやうだ。ま…