市場と國家

『マネー避難』

藤巻健史『マネー避難――危険な銀行預金から撤退せよ!』(幻冬舎、2011年)本書には日本の財政問題への嚴しい認識をはじめ、賛同できる部分も少なくない。しかし「円安になれば、今の日本にあるほとんどの問題が解決するのです」(209頁)といふ圓安信仰がす…

『原発のウソ』

小出裕章『原発のウソ』(扶桑社新書、2011年)福島原發事故の發生以來、「原發事故が起こつたのは市場原理主義のせゐ」といふ非難をウェブで時々目にする。「それは間違ひだ」と市場原理主義者である私が言つても信じてもらへないだらうから、次の文章を讀…

『古典で読み解く現代経済』

池田信夫『古典で読み解く現代経済』(PHPビジネス新書、2011年)著者池田氏は「日本で自由主義を根づかせる努力が必要」(p.135)と述べ、自由主義的經濟學者であるハイエクやフリードマンを好意的に取り上げてはゐる。しかしそれだけに、自由主義とは對極…

『図説 ハプスブルク帝国』

加藤雅彦『図説 ハプスブルク帝国』(河出書房新社、1995年)民族自決、國民國家、民主主義。これらはそれほどすばらしいものなのか。ハプスブルク帝國の歴史を知るにつれ、疑問がつのる。ハンガリー生まれの歴史家、フランソワ・フェイトはかう主張してゐる…

『競争の作法』

齊藤誠『競争の作法――いかに働き、投資するか』(ちくま新書、2010年)デフレ脅威論をデータで反駁する第1章は、おもしろい。2002年から2009年まで消費者物價指數はほぼ横ばいだつた。2009年は前年比1.4%低下で、1971年以降最大の下げ幅を記録したと騒がれ…

『大災害から復活する日本』

副島隆彦『大災害から復活する日本』(徳間書店、2011年)副島氏の本は何册も讀んでゐるので、たいていのことには驚かない。福島第一原發事故について「もうどの原子炉も爆発することはない。安心してください」(p.14)などと斷言してゐるのはさすがにどう…

『「通貨」を知れば世界が読める』

浜矩子『「通貨」を知れば世界が読める――"1ドル50円時代"は何をもたらすのか?』(PHPビジネス新書、2011年)世界的な金融危機をきつかけに、通貨への關心が高まつてゐる。21世紀の通貨制度はどうあるべきか。著者浜氏は本書で「通貨体制の三元構図」(p.…

『経済学革命』

木下栄蔵・三橋貴明『経済学革命――復興債28兆円で日本は大復活!』(彩図社、2011年)著者の一人である三橋氏はケインズ經濟學のデタラメを戲畫的に體現するネットのカリスマとして知られるが、相方の木下氏はそれをしのぐスケールのでかい人物だ。工學博士…

『アナーキズム』

忙しさにかまけて三カ月以上も放置してしまつた。なかなか時間が取れないので、まとまりのない讀書メモのやうなものを少しづつ書くことにしたい。浅羽通明『アナーキズム――名著でたどる日本思想入門』(ちくま新書、2004年)情報量豐かな本だが、アナキズム…

備蓄できない電力だからこそ、市場經濟に任せよう

電力流通關係の勤務經驗をもつ岸田信勝氏が「備蓄できない電力を市場経済に任せてよいのだろうか?」といふ記事を「アゴラ」に寄稿してゐる。技術的智識のない私にとつて勉強になる點はあるけれど、タイトルに集約された全體の趣旨には賛成できない。岸田氏…

巨大地震と經濟 五つの謬論(1)震災は經濟にプラス

約一週間前の三月十一日、東日本を襲つたマグニチュード九・〇の巨大地震は津波、火災、さらには福島原發での爆發事故などを引き起こし、今なお被害は擴大してゐる。ここでは犠牲者への哀悼の意や、現場で救援・復舊等に携はる人々への感謝をくだくだしく書…

巨大地震と經濟 五つの謬論(2)復興税を導入せよ

震災の復興資金をまかなふ方法として、政治家や專門家から大きく二つの選擇肢が提案されてゐる。一つは増税だ。自民黨の谷垣禎一總裁は「東北復興ニューディール政策」を行ふべきだと述べ、財源確保のため増税を提案した。しかし經濟的な效率の面で、税は寄…

巨大地震と經濟 五つの謬論(3)復興國債を發行せよ

復興資金をまかなふもう一つの選擇肢として取りざたされてゐるのは、國債だ。エコノミストの高橋洋一氏は、十兆圓程度必要といふ復興資金の財源として、増税案を批判し、それに代へて「復興國債」の發行を提唱してゐる。それも日銀による直接引受がよいとい…

巨大地震と經濟 五つの謬論(4)便乘値上げを許すな

地震發生後、ある會社社長の「行状」が話題になつた。人々が生活必需品を爭ふやうに買ひ求めるのに目をつけ、値上げで儲けた話をウェブで紹介し、高くても賣れる時は値上げするべきだなどと書いたところ、轟々たる非難を浴びたのだ。だが不足してゐる物資や…

巨大地震と經濟 五つの謬論(5)消費しまくれ

被災で多くの人々が命を落としたり、不便な避難生活を強ひられたりしてゐることが傳はるにつれ、震災を免れた者が消費を樂しむのは申し譯ない、不謹愼だと言ひ出す人がゐて、それに對し「消費を控へると經濟活動が停滯し、被災地にも惡い影響を及ぼす。むし…

「フラット課税で税収アップ」を嬉しがる人たち

「金融日記」の藤沢数希氏が「所得税はフラット10%にして大幅な税収アップ」といふ文章を「アゴラ」に寄せてゐる。フラット課税とは所得の多い少ないにかかはらず、同じ税率を適用する制度だ。現在、日本では所得が多くなるほど税率も高くなる累進課税を採…

自由の實現

トム・パーマー(Tom G.Palmer)は米國の自由主義的シンクタンクとして知られるケイトー研究所(Cato Institute)で主任研究員を務め、アトラス經濟研究財團(Atlas Economic Research Foundation) でシンクタンクの世界的ネットワークを構築する仕事にも携…

ハイパーインフレはあり得ないか――『日本が破綻しない10の根拠』を斬る(3)

最後はもう一度ハイパーインフレについてだ。 【07】年率1万3000%の物価上昇など、起こしたくても起こせない! 政府が大量のカネを刷る一方で、人々がそのカネを信用できなくなり、カネを受け取つたら即坐に店に走り、先を爭つて物と引き換へる(物を買ふ)…

國家は死なず、めでたしめでたし――『日本が破綻しない10の根拠』を斬る(2)

【03】投資家たちは自らの判断で、日本国債を大量購入している 投資家が自分の判斷で國債を買つてゐることは事實だ。しかしそれを正しいと思ひ、「喜んで国債を買う投資家たちこそ正常」とほめたたへるのなら、別の箇所で「リスクを採らない銀行、企業貸付を…

「政府の資産」は誰の資産か――『日本が破綻しない10の根拠』を斬る(1)

別冊宝島『図解でわかる! 日本が破綻しない10の根拠』(宝島社)を買つて來た。表紙に「日本は強い!」「これを読んで日本に自信を持とう!」「日本は必ず復活する!」と力強い文句が竝んでゐる。もし私の性格がもつと素直なら、これだけで將來への不安が吹…

國家、このあやふやなるもの――『国マニア』

私たちは普段、國家を非常に鞏固な存在と考へてゐる。國家ほど確かなものはないと信じて生きてゐる。だがじつのところ、國家ほどあやふやでいい加減なものはない。吉田一郎『国マニア』(ちくま文庫、2010年)は、國家のさうしたあやふやさ、よく言へば融通…

「デフレは惡い」のウソ(5) 大恐慌その3=金本位制惡玉論を斬る

最も憂慮すべきは、金本位制への的外れな非難だ。普通の讀者は金本位制のことなどほとんど知らないから、高橋洋一氏や勝間和代氏のやうな有名人が惡玉論を書き立てると、素直に信じてしまふ恐れが強い。濡れ衣を着せられた「野蠻の遺物」のために辯じて、締…

「デフレは惡い」のウソ(4) 大恐慌その2=金融危機の本當の理由

銀行の經營危機も、株暴落や不況と同じくFedが金融緩和で野放圖な融資を促したツケとして、引き起こされたものだ。金融緩和が原因で起こつた危機への對策として、またぞろ市場にマネーをぶち込むのは、アル中患者に酒を飮ませるやうなものだ。吾妻ひでおがマ…

「デフレは惡い」のウソ(3) 大恐慌その1=株式ブームはなぜ起こつたか

1929年のニューヨーク株暴落をきつかけとした大恐慌の原因について、私自身の考へは前囘少し觸れたが、あらためて考へてみよう。何が大恐慌の原因だつたのか。高橋氏はかう書いてゐる。 こうした史上まれな不況が、アメリカにおける貨幣的要因によって引き起…

「デフレは惡い」のウソ(2)

高橋洋一氏は『日本経済のウソ』第2章で、歴史的なデフレ局面を取り上げ、名目經濟成長率がプラスなら「良いデフレ」、マイナスなら「悪いデフレ」と評價してゐる。名目成長率がプラスなら肯定的に評價するといふ前提にも同意しかねるが、それより問題なのは…

「デフレは惡い」のウソ(1)

私は高橋洋一氏のファンだ。行政の中樞で働いた經驗がある人だけに、その官僚・政治家批判はじつに具體的で勉強になる。税金の無駄遣ひや天下りのデタラメを指彈する文章を讀んでゐると、主張そのものの徹底ぶりもさることながら、古巣への遠慮もあるだらう…

社會主義はなぜ不可能か――『まんがで読破 共産党宣言』と『ヒューマン・アクション』 Why Is Socialism Impossible?

ここ二三年、文學や哲學の古典をマンガ化した文庫本のシリーズが相次いで出版されてゐる。よいことだ。原著の内容をすべてマンガで、それもわづかな頁數で再現するのは無理だらうが、マンガ家が勝れた手腕の持ち主なら、原著のエッセンスを傳へることはでき…

課税は盜みである――「税金鳥」と『自由の倫理学』 Taxation Is Robbery

前囘の記事で紹介した『ドラえもん』第9卷にはもう一つ、政治經濟の本質を衝いた話が載つてゐる。「税金鳥」(ぜいきんとり)だ。藤子・F・不二雄大全集 ドラえもん 9クチコミを見る小遣ひをたんまり貰へるスネ夫が羨ましいのび太、「不公平だ!!」と憤り、ド…

「機會の平等」のウソ――「ハリスン・バージロン」と「ビョードーばくだん」 The Fallacy of 'Equal Opportunity'

ソ聯が崩潰し、社會主義の限界が明らかになつて以來、「結果の平等」を理想として掲げる智識人はさすがにほとんどいなくなつた(まだ一部にゐるやうだが)。だがそれに代はつて「機會の平等」の徹底を求める聲が強まつてゐる。たとへば、經濟的に豐かな家庭…

自由放任政策は機能する(3)ハーディング

【ハーディング】第一次大戰終了後まもない1920年から1921年にかけ、米國は戰時景氣の反動で不況に見舞われた。當時の大統領は「常態への復歸」を訴へて就任した共和黨のウォレン・ハーディングだ。ハーディングといへば、米國で實施される各種の「偉大な大…