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デフレ地獄は實在するか

主流派經濟學者らによると、我々が生きてゐるこの世界に、恐ろしい地獄が時折出現する。しかもここ日本ではその地獄がまさに出現しつつあるといふ。

その地獄とはデフレ地獄。人々がお金ばかり欲しがつてモノを欲しがらなくなり、モノの値段が全體的に下がり始める。この状態が續くと、人々が「どうせまた安くなる」と考へて、ますますモノを買はなくなり、企業が倒産したり失業者があふれたりするといふ身の毛もよだつ現象だ。

ちなみにこの地獄から逃れるには、一刻も早く、東京の日本橋本石町といふところにある由緒ある神社にお札を發行してもらふ必要があるといふ。お札といつても三枚程度ではとても足りない。福澤諭吉の顏の附いたやつを少なくとも三十億枚は刷つてもらはないといけないらしい。

デフレと円高の何が「悪」か (光文社新書)

さてデフレ地獄だが、例へば上念司は次のやうにその樣子を描冩してゐる。

あなたが商店主ならどうしますか? モノがぜんぜん売れないので、仕方なく値引を実施しますか? しかし、デフレ下では元々モノに対する需要がないのでまったく売れません。特売価格がいつの間にか定価になってしまいました。それでも売れません。もっと安い価格で特売を実施しました。それでも売れません……。/この悪循環が続けば、最終的に赤字覚悟の大バーゲンが始まります。そのうち、いくら売っても儲からない状態になり、ついにお店は倒産します。倒産までの過程で、従業員の新規採用は控えられ、時給は減らされます。さらに、最終的に倒産すると、従業員は全員失業します。(『デフレと円高の何が「悪」か光文社新書、2010年、26-27頁)

想像するだけで目を覆ひたくなるやうな光景だが、實をいふと私はあまり信心深くない方なので、ひよつとしてそんな地獄なんて本當はないんぢやないかといふ疑念も拭ひきれない。そこで私が唯一信仰してゐる「市場の神樣」におでまし願つて、眞僞を確かめることにしよう。

――神樣、よろしくお願ひします。

市場の神 おーお前か。相變はらずヒマさうだな。今日は何の用だ。

――デフレ地獄は實在するんでせうか。

 なんだ藪から棒に。

――値下がりが續いたら、みんながモノを買ひ控へて大變なことになつてしまひます。

 なにを寢ぼけたことを。パソコンがこの十年間でどれだけ値下がりしたと思つてゐる。その間、誰もパソコンを買はなくなつたか?

――……いえ。

 さうだらう。お前の使つてゐるそのパナソニックのノートパソコンだつて、勝間和代とかいふ經濟評論家に影響されて、家電量販店で20萬圓も出して買つたんだらうが。まさかあの時、「今買はないと30萬圓に値上がりする」とでも思つたのか?

――個人的な話はやめてください。それにどんな商品だつて、値下がりしさうなら買はずに樣子を見ることだつてあるぢやないですか。

 それにも限度がある。値下がりしさうだからといつて、何週間も何も食はず、何カ月も同じ服で過ごせるか。

――賣れるにしても、安賣りしないとダメですから、利益が減つちやひますよ。下手すると赤字だ。

 會計學のテスト零點だな。黒字か赤字かは賣値が高いか安いかで決まるんぢやない。コストとの差で決まるんだ。物價全體が下がるのならコストも下がるはずだから、デフレで赤字になるといふのはをかしい。
デフレの神話――リバタリアンの書評集 2010-12〈経済編〉 (自由叢書)
――人件費は最低賃金の規制もありますし、なかなか下がりませんよ。

 それは規制が惡い。規制で賃金を下げられないから赤字になるんだ。デフレのせゐにするな。

――そんなこと言ふと、從業員の生活より企業の利益を優先するのか、このネオリベつて叩かれますよ。

 勝手に言はせておけ。儲からない企業で賃下げ反對なんて頑張つてゐたら、そのうち誰も生活できなくなるぞ。

――結局、デフレ地獄はあるんですかないんですか。

 物價や賃金の下落を妨げる規制を撤廢すれば、倒産や失業をなくすことは無理でも、減らすことはできる。つまりデフレを阿鼻叫喚の地獄にするか何とかしのげる痛みにとどめるかは政府次第だ。まあ今の日本の政權を見てゐると、殘念ながら思ひ切りハードな地獄行きかもしれんな。

――それぢややつぱりリフレ派がいふやうに、政府・日銀の政策でデフレを止めた方がいいぢやないですか。

 問題を先送りするだけだよ。デフレはインフレ政策によつて歪められた經濟が正常に戻る過程なんだ。苦しいかもしれないが、避けられない道だ。早く通り過ぎたければ、道をふさぐ規制といふ障碍物を取り除くしかない。

神曲 上 (岩波文庫 赤 701-1)

――ダンテの『神曲』でも、地獄を通らないと天國へ行けませんからね。

 「汝等こゝに入るもの一切の望みを棄てよ」。いやいや別に望みを棄てなくてもいいんだ。政府といふ僞りの神に騙されさへしなければな。

【參考資料】

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