くたばれGDPフェチ

先日の記事で述べたやうに、財政政策で國が豐かになることはない。政府が國民から富を取り上げ、それを他の國民にばらまいても、國民全體が豐かになることはない。

ところがエコノミストや評論家の中には、財政政策で國が豐かになると力説する人が少なくない。現在その代表選手と言へるのは、共同での著作も多い經濟評論家、三橋貴明廣宮孝信の兩氏だらう。

兩氏は自説に説得力を持たせるため、經濟統計を積極的に活用する。だが統計を使つて何かを説明しようとする場合には、少なくとも次の二つのことを忘れてはならない。

  1. 統計は現實そのものではない
  2. 統計で因果關係はわからない

ところが兩氏はこれらを理解してゐない。廣宮著・三橋監修『さらば、デフレ不況』(2010年、彩図社)の46頁では、財政政策の重要性を主張するために、次のやうな算式を載せてゐる。

さらば、デフレ不況 -日本を救う最良の景気回復論―

GDP=民間消費+民間投資+政府支出+純輸出

GDPとは國内總生産のこと。一國の經濟規模を示す指標だ。右邊の各項目のうち、民間消費、民間投資、純輸出の増減は國内外の景氣次第だが、政府支出だけは政府の意思さへあれば自由に増やすことができる。だからGDPを増やしたければ財政政策で政府支出をがんがん増やせ、といふのが三橋・廣宮コンビの主張だ。

ここで第一の教訓。「統計は現實そのものではない」。たしかに政府支出を増やせば、統計の仕組み上、GDPは増えるだらう。だがそれで經濟が良くなつたと言へるだらうか。政府支出で全國に大規模な高速道路、ダム、空港をどんどん造れば、それらの施設をほとんど誰も使はなくても、GDPは増える。極端な話、豫算で鳩山總理の巨大な銅像を何萬個か造り、同じ數のロケットに乘せて宇宙に飛ばしても、GDPは増える。だがあなたが銅像メーカーの社員でないとして、日本經濟の復活を實感するだらうか。もちろん否だ。

GDPと富の増大が食ひ違ふ例をもう一つ見よう。同書37頁の「財政赤字と經濟成長率」と題する表(廣宮氏のブログにもほぼ同樣の表がある)は、1980年以降、二十年以上財政赤字が續いた十カ國について、その期間中の平均經濟成長率(GDP伸び率)を示してゐる。著者らはこの表により、各國が財政赤字の下で經濟成長を遂げてゐる事實を強調する。

ではどんな國のGDPが特に増えただらう。伸び率上位はこんな顏ぶれだ。(GDPは物價變動を考慮しない名目値)

  1. ギリシャ 13.7%
  2. イスラエル 12.7%
  3. ポルトガル 11.6%
  4. スペイン 9.4%
  5. キプロス 9.0%

財政危機で最近話題の「PIGS」四カ國のうちポルトガルギリシャ、スペインが揃ひ踏みだ。殘るイタリアも7.6%でなかなかの「高成長」を遂げてゐる。GDPの伸び率は高いかもしれないが、經濟が健全に成長してゐるとはお世辭にも言ひにくい。財政赤字を膨らませ、税收以上に政府支出を増やした結果、GDPは増えたが、その分國が豐かになつたわけではない。

著者はギリシャなどについて「少々困難な状況に陥っている」と書いてゐるが、政府が破綻寸前に追ひ込まれ、失業者數は前年比で3割増加してゐるといふのだから、「少々」どころの騒ぎではあるまい。

もちろん私は、GDP増大は經濟發展と無關係などと言ひたいわけではない。兩者が同時に進行する方がむしろ一般的だらう。だがその場合も、三橋・廣宮コンビのやうに、經濟發展が政府支出のおかげだと誤解してはいけない。

同書51頁には、主要國の政府支出の平均増加率を横軸に、名目GDPの平均成長率を縱軸に取つて描いたグラフが載つてゐる(ブログにほぼ同樣のグラフ)。過去二十八年間と十二年間で見ると、どちらも右肩上がりの直線を描く。これに基づき同書では「政府支出の伸び率が大きいほど、名目GDPの伸び率も大きかった」と書いてゐる。

ここで第二の教訓。「統計で因果關係はわからない」。A、Bといふ二種類のデータが同時に増えたことは、兩者の相關關係を示すにすぎず、因果關係を示すものではない。*1ましてや統計だけからどちらが原因でどちらが結果かを判斷することはできない。

政府は國民間で富を再分配するだけだから、富全體を増やすことはできない。つまり政府支出が増えるから富が増えるのではない。因果關係は逆だ。民間の經濟活動で富が増えるから、税收が増え、政府は支出を野放圖に増やすことができるのだ。經濟は財政政策のおかげで成長したのではなく、財政政策にもかかはらず成長したといふのが正しい。ケインズ主義のバイアスのかかつたGDPの等式を經濟そのものと信じ込み、政府の無駄遣ひを煽る「GDPフェチ」に附ける藥はない。

今夏の參院選に自民黨公認で出馬するといふ三橋氏は、同書「あとがき」で、「政治家の方々にこそ、本書を読んで欲しい!」と訴へてゐる。たしかにこの本は、國民から搾り取つた血税を身内にばらまくのに都合のよい理屈にあふれてゐる。寄生階級である政治家のまさに「バイブル」と言へよう。

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*1:(參考)「『相関関係と因果関係は同じではない。』の意味をわかりやすく教えて ...」 http://soudan1.biglobe.ne.jp/qa3846744.html