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リバタリアニズムはアメリカ思想か

リバタリアニズムをアメリカの特殊な思想だと思つてゐる人は少なくない。たしかに今の世界で、小さな政府を志向するリバアリアニズムが、決して多數派ではないにしても、學問的にも政治的にも一番盛んな國はアメリカだらう。しかしリバタリアニズムはアメリカといふ比較的新しい國に突然咲いた徒花のやうな思想ではない。

アメリカの成り立ちから想像がつくやうに、同國がリバタリアニズムの元となる思想を直接受け繼いだのはイギリスからだ。多くの人は、古典的な自由放任主義を説いた經濟學者、アダム・スミスを思ひ浮かべるだらう。劣らず重要なのは生命・身體・財産の不可侵を主張した哲學者、ジョン・ロックだ。もう一人舉げるとすれば、「權力は腐敗する」といふ格言で有名なアクトン卿ことジョン・アクトンだらう。アクトンは保守主義者として紹介されることが多いが、主著は『自由の歴史』であり、マレー・ロスバードはリバタリアンの歴史家として高く評價してゐる。

リバタリアニズムはイギリスからアメリカに渡つたと言ふと、「要するにアングロ・サクソンの思想ぢやないか」と思ふかもしれない。だがさうではない。アダム・スミスの時代、イギリス以上に經濟的自由主義が盛んに唱へられてゐたのはフランスだ。今でこそ反資本主義的インテリの牙城のやうな國だが、かつては違つた。そもそもリバタリアニズムを象徴する「レッセ・フェール(自由放任)」といふ有名な言葉はフランス語だ。

主な人物だけでも、アイルランド出身の企業家で經濟理論家のリシャール・カンティヨン、自由貿易を説いたフランソワ・ケネー、ジャック・テュルゴーらフィジオクラット(重農主義者)、「セイの法則」で有名なジャン=バティスト・セイ、このブログでも何度か紹介したフレデリック・バスティア等、枚舉に暇がない。

また、現代リバタリアニズムの代表的流派の一つであるオーストリア學派經濟學は、その名の通り、もともと十九世紀オーストリアが發祥の地だ。當時首都ウィーンがヨーロッパの學術・文化の中心地の一つだつたと言へば、この經濟學派の存在感の大きさがわかるだらう。主な人物を舉げれば、創始者のカール・メンガー、同國で大藏大臣を務めたオイゲン・フォン・ベーム=バヴェルク、ナチスの臺頭を避けてアメリカに逃れたルートヴィヒ・フォン・ミーゼス、その弟子でノーベル賞を受賞したフリードリヒ・ハイエク等がゐる。

このやうに、リバタリアニズムはヨーロッパに歴史的な根を持つ。じつはこの歴史は近代よりさらに遡ることができるのだが、西洋人の名前を書き連ねるのにもくたびれたので、またの機會に紹介したい。少なくともリバタリアニズムがアメリカ限定の思想でないことはわかつて貰へたはずだ。

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