資本主義成敗の茶番――『ジャングル』の時代(1)

二十世紀初頭の米國で「革新主義(Progressivism)」と呼ばれる改革運動が起こつた。その旗印は、獨占資本を打破し、米國社會に本來の自由を取り戻すことだつた。この運動を背景に、米國政府は樣々な經濟的規制を打ち出した。代表的なのは日本の獨占禁止法にあたる反トラスト法だが、それと竝んで有名なのは、ともに1906年に制定された食品醫藥品法と食肉檢査法だ。

前者によつて政府は、食品・醫藥品の品質を監視し、違反業者を處罰する權限を持つやうになつた。その後設立され、現在新藥の承認などで絶大な權限を振るふ食品醫藥品局(FDA)も、百年餘り前に制定されたこの法律に起源を持つ。一方、後者は加工工場における家畜の疾病檢査や農藥の殘留檢査、工場の監督などの權限を與へるもので、現在、食品安全檢査局(FSIS)がその任務にあたつてゐる。

ジャングル (アメリカ古典大衆小説コレクション)

ジャングル (アメリカ古典大衆小説コレクション)

さてこれらの法律の制定には、ある文學作品が大きな影響を及ぼしたとされる。社會主義作家、アプトン・シンクレアの『ジャングル』だ。1905年に米國社會黨の新聞に連載され、翌年出版されたこの小説は、シカゴの精肉業で働く移民勞働者の悲慘な勞働條件と工場の不衞生きわまる状態を描いて讀者に衝撃を與へ、ベストセラーとなつた。

一般的な米國史の記述によれば、『ジャングル』への反響をきつかけに、當時の大統領で、革新主義を代表する政治家でもあつたセオドア・ルーズヴェルト(任期1901-1909年、共和黨)が精肉業の調査に乘り出し、その結果を踏まへて不正な精肉業者を取り締まる法律を成立させた、といふことになつてゐる。

資本主義の「行き過ぎ」がもたらした民衆の困窮に、進歩的な智識人が憤つて警鐘を鳴らし、開明的な政治指導者がリーダーシップを發揮して資本主義の「行き過ぎ」を正す――。通説に從へば、精肉業者への法的規制は、かうしたよくある勸善懲惡物語の一つといふわけだ。だがじつのところ、この筋立ては眞實からほど遠い。(續く)

(初出:Libertarianism Japan Project

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