資本主義成敗の茶番――『ジャングル』の時代(3)

ニューレフトの歴史家で、リバタリアンからも高く評價されるガブリエル・コルコはかう書いてゐる。

Triumph of Conservatism

もし精肉業者の力が眞に絶大で、本心から法案に反對してゐたとすると、壓倒的な賛成票を説明できない。事の眞相はもちろん、大手精肉業者は規制の心温かい友人だつたといふことだ。とりわけ規制の主たる標的が、競爭相手である無數の中小業者である場合には。

内容が事實でなかつたにせよ、シンクレアが勞働者を貧窮から救ひたいとの思ひから『ジャングル』を書いたことは間違ひないだらう。だが結果的に同書が卷き起こした熱狂は、中小精肉業者に檢査のコストを負はせて價格競爭力を奪ひ、大手業者の市場支配を一段と鞏固にすることになつた。規制強化を望んでゐた大手業者にとつて、『ジャングル』が煽り立てた資本家への憎惡は渡りに船だつたのだ。

規制強化により消費者は望む以上の「食の安心・安全」を與へられたかもしれないが、それと引き替へに、安價な肉を手に入れる機會を奪はれた。收入の多くの部分を食費に割かざるを得ない勞働者にとつて、それは決して望ましい選擇肢ではなかつた。

シンクレアは『ジャングル』が政治にもたらした結果についてかう語つてゐる。「私は大衆の心臟を狙つたのに、思ひがけずも胃袋に命中してしまつた」。勞働者への同情心を掻き立てるつもりで小説を書いたのに、食肉の安全ばかりが問題にされてしまつたといふ歎きだ。シンクレアは後にカリフォルニア州知事選に出馬する政治運動家でもあつたが、社會的熱狂を政治的に利用する術にかけては、大手精肉業者やルーズヴェルトの方が一枚上だつた。

大資本と對決する革新主義の象徴となつたセオドア・ルーズヴェルトは、米國史上最も偉大な大統領の一人と評價され、有名なラシュモア山にワシントン、ジェファーソン、リンカーンとともに彫像が刻まれてゐる。アプトン・シンクレアはもはや有名作家とは言へないが、それでも米國史で革新主義が解説される際には、必ずと言つてよいほどその名が記される。

市民の生活が改善しなくても、政治家と智識人は「行き過ぎ」た資本主義を成敗したといふだけで名を殘す。政府と結託した一部の企業は、表向き退治される鬼を演じつつ、ひそかに不當な實利を手に入れる。これが洋の東西を問はず繰り返されてきた茶番であることに氣づかない限り、人々が眞の經濟的自立を手にすることはないだらう。(了)

<參考文獻>
http://en.wikipedia.org/wiki/Meat_Inspection_Act
http://en.wikipedia.org/wiki/Pure_Food_and_Drug_Act_of_1906
http://en.wikipedia.org/wiki/The_Jungle
http://mises.org/daily/364
http://mises.org/freemarket_detail.aspx?control=74
http://mises.org/freemarket_detail.aspx?control=96
http://www.amazon.com/Triumph-of-Conservatism-ebook/dp/B001HQHC5M/ref=wl_it_dp_o?ie=UTF8&coliid=I1N8IDXMJS8VJY&colid=8AOUVV847RM9

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