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リバタリアニズムFAQ)政府に對する二つの立場――「無」か「最小」か

リバタリアニズムは政府がまつたく必要ないと考へるのか。

リバタリアニズムは個人の自由に對する政府の介入に反對しますが、ここから政府の役割について二つの立場が生じます。一つは「個人の自由を守るといふ役割だけは政府に認める」といふ立場、もう一つは「政府は本質的に個人の自由を侵すものだから、その存在は一切認めない」といふ立場です。前者を最小國家主義(ミナーキズム)、後者を無政府資本主義(アナルコ・キャピタリズム)と呼びます。無政府資本主義は無政府主義(アナーキズム)の一種でもあります。

ミナーキズムが認める政府の最小限の役割とは、治安維持や國防にかかはるものです。かうした仕事を民間で行ふことは難しいうへ、個人の身體的・財産的自由を守る仕事なので、政府が市民から税を徴收して行つても問題ないとミナーキズムでは考へます。

これに對しアナルコ・キャピタリズムでは、治安維持や國防も民間で行ふことが可能だし、むしろその方が效率的で望ましいと主張します。治安維持や國防は武裝した民間の警備會社によつて行ふことが可能であるばかりでなく、畫一的で非效率になりがちな政府の政策よりも個々の事情に応じた柔軟な對応ができると考へます。

かつてミナーキズムに近い政治體制は現實に存在しました。たとへば19世紀のイギリスがそれです。この時代に支配的だつた政治思想は古典的自由主義と呼ばれます。古典的自由主義が理想とする政治體制は、「夜警國家」と揶揄されたことからもわかるやうに、政府は經濟に介入せず、治安維持や國防だけに專念すべきだといふものでした。

一方、アナルコ・キャピタリズムは、中世のアイスランドなどを除き歴史的な實例が知られてゐないこともあり、一般の人からは夢想的なユートピア思想か、國家顛覆を狙ふ危險思想のやうに思はれてゐます。政府要人の一舉手一投足があたかも人生の一大事のごとく逐一報道される現代において、政府が存在しない状態など、想像を絶する異常事態としか感じられないことはよく理解できます。じつのところ、たとへば「世界政府」が存在しなくても世界が混亂に陷るわけではないことからもわかるやうに、無政府は異常でも無秩序な状態でもないのですが、今囘はそこまで立ち入りません。

ミナーキストとアナルコ・キャピタリストは最小限の政府を認めるか否かで意見が分かれ、しばしば論爭も行つてゐます。にもかかはらず、兩者は同じリバタリアンとしての價値觀を共有し、尊重し合つてもゐます。筆者自身はアナルコ・キャピタリストですが、ミナーキストのリバタリアン思想家からも多くを學んでゐます。

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