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大恐慌の眞實――通説を疑ふ(2)

大恐慌や經濟危機一般に關する通説には、細かく見ると、まつたくの俗説やかつて流行した理論、比較的洗煉された學説などが混在してゐる。

まづしばしば言はれるのが、人間の強慾が原因といふ説だ。これほど馬鹿馬鹿しい俗説はない。人間は別に資本主義が誕生して突然強慾になつたわけではなく、大昔から、それこそ有史以來、ずつと強慾だつた。だから聖書も強欲を七つの大罪に含めて戒めてゐるし、佛教も惡慾を煩惱の一つに數へてゐる。經濟危機の原因が強慾だといふのは、航空機墜落の原因は重力だと大眞面目に主張するやうなものだ。

假に強慾が經濟危機の一因だとしても、本來、市場經濟は強欲を煽るのでなく、むしろ一定の齒止めをかける。例へば銀行が融資を過大に膨らませた場合、もし銀行業が自由競爭の下にあれば、いづれは取りつけ騒ぎに遭ひ倒産するといふ形で報いを受けるからだ。

次に、資本主義は本質的に不安定なので、變動を繰り返すといふ説がある。これはマルクス主義が強調した考へ方で、左翼思想が流行した當時に學生時代をすごした世代には今でもかう信じてゐる人が多い。それどころか最近は本屋の經濟書コーナーに行くと「マルクス」とか「資本論」とかの解説本がずらりと竝んでゐて、復權を遂げてゐるやうな印象すらある。「今こそマルクスを読み返す」といふわけだ。

今こそマルクスを読み返す (講談社現代新書)

この理論によれば、月が滿ち缺けを繰り返すやうに、經濟も好不況を繰り返す。しかしこれだけでは、なぜある時に好況となり、ある時に不況となるのかが説明できない。月の場合、なぜある時に滿ち、ある時に缺けるのかはそれぞれ天文學的に明らかになつてゐるが、經濟の場合、「本質的に不安定」といふだけでは不況の原因はわからない。

自由放任的な資本主義が恐慌を起こしたといふ説は、歴史的に考へても理屈に合はない。もしその説が正しいのなら、大恐慌は反トラスト法や勞働法で經濟活動への規制が相對的に強まつた二十世紀でなく、自由放任主義の傾向がまだ強かつた十九世紀以前に起こつたはずだ。上で引用した池上氏は「古典的な資本主義の大恐慌」といふ言葉を使つてゐるが、古典的な資本主義の時代に、大恐慌に匹敵する經濟危機などありはしなかつたのだ。 (續く)

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