課税は盜みである――「税金鳥」と『自由の倫理学』 Taxation Is Robbery

前囘の記事で紹介した『ドラえもん』第9卷にはもう一つ、政治經濟の本質を衝いた話が載つてゐる。「税金鳥」(ぜいきんとり)だ。

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小遣ひをたんまり貰へるスネ夫が羨ましいのび太、「不公平だ!!」と憤り、ドラえもんに訴へる。「人間はみんな平等でなくっちゃいけないと思うんだ。まちがった世の中をなんとかできないか!!」

ドラえもんが「公平に近づける方法なら、ないでもない」と言つて取り出す鳥型ロボット「税金鳥」。子供が小遣ひを貰ふとそれを感知し、一定の「税金」を取り立てる。小遣ひが千圓未滿なら税率一割、千圓以上は三割、一萬圓以上は七割といふ累進課税だ。

友達連中を集めて相談すると、小遣ひの少ないガキ大將のジャイアンが「こんなすばらしいアイディアは聞いたことがない!」と喜び、税金で草野球チームのユニフォームや專用の球場を作らうと張り切る。のび太も、マンガ圖書館を建てようなどと大きなことを言ひ出す。

他の子供たちからは「ほしいものはそれぞれが買えば……」「自由にやりたいな」と反對意見も上がるが、ジャイアンに「自分さえよければいいのか」と一喝され、しぶしぶ賛成する。

金鳥は早速活動を始める。手始めに、百圓持つてゐたドラえもんから十圓を徴收。續いて子供たちの自宅を飛び囘り、貯金箱に約二萬三千圓貯めてゐた金尾くんからは七割の約一萬六千圓を嚴しく取り立てる。支拂ひを拒否されると電氣ショックといふ實力行使に訴へ、着々と税收を増やしてゆく。

さて、マンガ圖書館を夢見るのび太は税收が増えるのを喜ぶ一方、自分は小遣ひも貯金も使つてしまつたから税金を取られる心配はないとほくそ笑んでゐた。ところがタイミング惡く訪ねてきたをぢさんが三萬圓も小遣ひをくれ、税金鳥から二萬千圓取られてしまふ。

をかしなことにジャイアンスネ夫の税金がゼロなので、調べてみると、ジャイアンは小さい子供を毆つたり脅したりして菓子やマンガを取り上げ、現金收入なしで生活をエンジョイしてをり、スネ夫は母親に貯金を預け、欲しいものがあると「おつかい」として言ひつけてもらふといふ僞裝工作を行つてゐた。一方、高い税金を取られた子供たちはつひに我慢しきれず、涙を流し訴へる。「顕微鏡がほしくていっしょうけんめいためた貯金だぞ」「ほしい物も買わずにためた金だったのに!」。のび太ドラえもんは「公平」を目指した自分たちの考へが至らなかつたことにやうやく氣づき始める……。

この話は税といふ制度の本質とそれが引き起こす問題を見事に描いてゐる。税とは個人に自分の財産を自由に使ふことを許さず、その使ひ道を他人が決めるシステムだ。この他人は「政府」といふ名の團體を構成してゐる。政府は實力行使も辭さず、個人から財産を奪ふ。そしてのび太が夢見たマンガ圖書館のやうな、自分たちにとつて望ましい用途に使ふ。税は弱者を助け「公平」な社會を實現するための仕組みだと政府や御用智識人は喧傳する。税に反對する者には、ジャイアンが仲間を恫喝したやうに「自分さへよければいいのか」といふ道徳的非難が投げつけられる。

しかし税は社會にさまざまな歪みをもたらすうへ、建前上の目的である弱者救濟にもつながらない。眞面目に貯めた金を七割も奪はれたら、勤勉や儉約への意欲が薄れることと相まつて、生産技術の向上に必要な資本が足りなくなり、弱者を含む人々全體が貧しくなる。節税・脱税といつた非生産的な行爲に人々が時間を奪はれるやうになり、經濟的繁榮が遠のく。スネ夫が僞裝工作によつて税を逃れたやうに、富裕層は節税に詳しく、それに時間と費用をかけることもできるが、さうした餘裕のない中間層は税を逃れる術がない。

このやうな税の本性を、さらに呵責ない表現で糺彈したのがマレー・ロスバード『自由の倫理学――リバタリアニズムの理論体系』(森村進他譯、勁草書房)だ。ロスバードは現代アメリカを代表するリバタリアン智識人の一人で、惜しくも1995年、六十八歳で亡くなつたが、厖大な著作や論文を殘してゐる。つねに一般の人々を念頭にわかりやすい文章を書いたと言はれるが、とくに『自由の倫理学』は讀みやすく、幸ひかうして邦譯もされてをり、リバタリアニズム入門書としてもおすすめの一册だ。

自由の倫理学―リバタリアニズムの理論体系
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國家とは、きはめて特殊な組織だとロスバードは指摘する。社會における他のあらゆる個人や集團は、犯罪者を除き、相手との合意によつて所得を得る。具體的には商品やサービスを賣る見返りで手に入れるか、贈與・相續などで受け取るかだ。ところが「唯一国家だけが、その国庫収入を強制によって、すなわち、収入を与えなければ恐ろしい罰を与えると脅すことによって、獲得している。この強制は『課税』として知られている」(191頁)。ドラえもんの世界で言へば、税金鳥の電氣ショックが「恐ろしい罰」にあたるわけだ。

そしてロスバードは、課税の本質をかう言ひ切る。


純粋な意味では、そして簡潔に言えば、課税は窃盗である。(同頁)

課税は竊盜、つまり盗みなのだ。もちろんこんなことを言へば、普通の人々は眉をひそめるだらう。だがそれなら、竊盜を含まないやうな課税の定義を考へることができるか、とロスバードは反問する。「強盗と同じく、国家はピストルを突きつけるに等しいことをして金銭を要求する。もし納税者が支払いを拒めば、彼の資産は実力によって没収される。そして、もしこのような略奪に反抗するなら、反抗を続ける限り彼は逮捕されるか、あるいは射殺されるだろう」(191-192頁)。

強盜と國家の違ひは前者が違法で後者が合法といふことだが、その法を作るのも、違法合法を最終的に判斷するのも、國家自身であり、自分で自分を強盜などと認めるはずがない。あへてもう一つ違ひを舉げれば、國家の行なふ盜みは「民間」の強盜に比べ、とてつもなく規模が大きく、組織立つてゐることだらう。昔、アレクサンダー大王の前に引き出された海賊が放つたといふ言葉は有名だ。「同じことを俺は小さな船でやるから海賊と呼ばれ、お前は大きな船團でやるから大王と呼ばれる」

ところで、ドラえもんの税金鳥の續きはかうだ。ジャイアンが道に落ちてゐる十圓玉を拾つて懐に入れようとすると、すかさず税金鳥が寄つて來る。ジャイアンが「税金!? ばか!! もっと金持ちからとれ!!」と拒否するや、税金鳥は「ハラワナケレバ、サシオサエシマス!!」と電氣ショックを喰らはせる。だがさすがは體力自慢のジャイアン、「やりやがったな!!」と逆襲し、とうとう税金鳥をバットでたたき壞してしまふ。ほつとした表情で驅け寄るのび太たち。ドラえもんが「機械がこわれたから、税金ごっこはおしまい」と宣言し、話は終る。

電氣ショックで顏や體を黒く焦がされながらも、壞れて動かなくなつた税金鳥をにらみつけ、バットを片手に仁王立ちになるジャイアンは、いつもの惡役から一轉し、おそらく「ドラえもん」での全出番中、屈指の格好よさだらう。しかし税金鳥はロボットで、のび太ジャイアンたちの最初の指示に從つてまさに機械的に動いていゐただけなのだから、壞された姿を見て溜飮を下げるのはちよつとをかしい。きつとこの場面の後、のび太たちは、税とは他人の財産を不當に奪ふことであり、自分もいつ奪ふ側から奪はれる側に囘るかわからないといふ苦い眞實を噛み締めながら、税金鳥を手厚く「葬つて」やつたに違ひない。

(初出:Libertarianism Japan Project

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