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『アメリカの大恐慌』を讀む(13)賃金率と失業

賃金率と失業(Wage rates and unemployment)

ケインズ派は、賃金率には「下方硬直性」がある、つまり下がりにくいと想定してゐる。

America's Great Depression

America's Great Depression

古典派經濟學者はつねに、失業は賃金率が自由に下がらないことから起こると主張してきた。だがケインズ派はこれを否定する。そしてこれを解決するには、勞働者の間に存在する「貨幣錯覺」(money illusion)を利用すればよいと説く。つまり勞組と政府の力により、名目賃金を高く維持する一方、物價高により實質賃金を下落させるのだ。政府が信用膨脹を起こすことにより、實質賃金率を引き下げ、失業を撲滅するといふわけだ。

だがインフレ(物價高)についての智識が一般市民に滲透した今では、かうした目くらましはもはや通用しないし、信用膨脹がバブルとその崩潰をもたらす害惡は繰り返すまでもない。

失業は生身の人間に直接かかはるためか、通常の經濟問題よりも政治的な思惑が入り込みやすい。ロスバードは次のやうに指摘する。「たいていのエコノミストは、價格を市場で決まる以上に高く維持すればどんな財も賣れ殘りが積み上がることを認めるのに、同じ道理を勞働にあてはめたがらない」。だがさうした態度は誤つてゐる。賃金率を人爲的に高く保つほど、大量の失業が生じることになる。

自由な市場では、賃金率はひとりでに調整するため、非自發的失業は生じない。つまり働きたいと望む人はすべて仕事を見つけることができる。一般に、賃金率が高く維持され、完全雇傭の状態がもたらされないとすれば、それは政府か勞組、またはその兩方の強制によるものだ。

しかしときに自發的な選擇によつて、あるいはそれに強制を組み合はせることによつて、賃金率が高く維持されることもある。企業と勞働者の雙方が説き伏せられ、賃金率を高く保つことが自分たちの義務だと信じてしまふかもしれない。じつのところ多くの場合、さうした信念こそ現代において失業が生じる根本的な原因なのだ。1929年の大恐慌はまさにそれがあてはまる。

1920年代初め、大企業の經營者らは「啓蒙的」で「進歩的」な理念に支配されてゐた。その中で奇妙な誤解が廣まつた。繁榮が高賃金をもたらしたのでなく、高賃金がアメリカの繁榮をもたらしたといふ、事實と正反對の誤解だ。「あたかもアメリカ以外の國で生活水準が低いのは、企業經營者が賃金率を四倍、五倍に引き上げることを愚かにも拒否したからだと言はんばかりに!」とロスバードは皮肉つてゐる。そんな次第で大恐慌の頃までには、經營者らは「賃金率を引き下げると消費を支へる『贖買力』が落ち、不況を惡化させる」といふ考へを受け入れる用意がすつかりできてゐた。この教義は後にケインズ派がちやつかり自分のものにし、專門用語や數式でもつともらしく飾り立てることになる。

雇用・利子および貨幣の一般理論

この誤解を強く信じた經營者らは、それだけ失業を生み出した責任が大きいといへる。經營者のあやまちは「利己的」「貪欲」に行動したことにあるのではない。誤つた信念にもとづき「責任ある行動」によつて賃金を高止まりさせたことがいけなかつたのだ。政府がアメとムチで經營者の誤つた信念を強めてゐたとすれば、政府こそ失業を生み出した「主犯」といふことになる。

さてケインズ派は、勞働者の贖買力が落ちると、製品の賣れなくなつた企業が雇傭を減らすから「賃金率が下がつても失業は減らない」と主張する。この主張のどこが間違つてゐるのだらう。ロスバードは次のやうに指摘する。

不況時に物價が下がると、賃金率を名目上据ゑ置いても、實質ではむしろ上昇する。もしこれによつて贖買力が高まり、失業が減るのであれば、なぜいつそのこと、名目賃金を大幅に引き上げないのか。たとへば政府の命令により、法定の最低賃金を三倍に引き上げればよいではないか。なぜケインズ派はさうした政策を支持しないのか。もちろん、そんなことをやれば大量の失業が發生し、生産活動は完全にストップしてしまふだらう。通貨供給量が大幅に増え、經營者が高い名目賃金を支拂へるやうになれば、さうした問題は生じないが、もつともその場合、實質賃金はまつたく増えないことになる。

賃金は企業家にとつてコストであると同時に、勞働者にとつては收入となる。このバランスを調整してくれるのは市場だ。「自由な市場では、賃金は完全雇傭をもたらす水準に決まる。他のいかなる賃金率も經濟状況を歪める」とロスバードは強調する。

ケインズ派の議論は賃金率と賃金收入を混同してゐる。實際には、賃金收入は賃金率に勞働時間をかけ合はせたものだ。したがつて賃金收入の合計額は、賃金率だけでなく、勞働時間によつても變はる。賃金率が低下しても、勞働時間が十分増えれば、賃金收入は全體として増加する。そこまで行かなくとも、少なくとも失業をなくすことはできる。

それでは賃金率が下がつてもそれほど勞働への需要が増えず、賃金收入が全體として減つてしまつた場合、それでも市場に任せたままでよいのだらうか。答へはイエスだ。勞働への需要が増えないのは、賃金率はもつと下がると經營者が豫想し、雇傭を手控へるからだ。一種の投機といへる。だが投機を非難しても始まらない。投機に對處する最善の道は、賃金率の速やかな低下を妨げないことだ。自由な市場で賃金率が急速に下がれば、經營者はそれが最大限低下したと受け止めるだらう。さうなれば經營者は、賃金率が再び上昇しないうちに先を爭つて人を雇はうとするだらう。

ケインズ派は次のやうに反論する。サラリーマンは地主や自營業者より貧しく、收入の多くの部分を消費するので、賃金の減少は消費に及ぼす影響が大きい、と。だがさうとは言ひ切れない。まづ勞働者が地主や自營業者より貧しいとは限らない。大企業の社長やプロ野球選手など高給取りのサラリーマンがゐる一方で、貧乏な地主、農民、小賣業者もゐる。

百歩讓つて、賃金全體が減ると消費が減り、貯蓄が増えるとしよう。なにも困ることはない。すでに述べたやうに、これこそ不況を長引かせず、經濟の恢復を早めてくれる特效藥ではないか。消費の減少が賃金率の引き下げによるものだとすると、不況はなほ一層速やかに癒されるだらう。

最後にロスバードは、今でいふ「ワークシェアリング」に言及する。ワークシェアは仕事を分け合ふといふ意味だが、失業を分け合つてゐるにすぎない。多くの勞働者が勤務時間いつぱいに雇傭され、他の少數の人々が失業するのでなく、すべての勞働者が少ししか働かない「過少雇傭」の状態となる。

完全な失業者が多く存在すれば、人爲的な高賃金率で雇はれた勞働者に潛在的な競爭相手となる。同じ高賃金率の勞働者が多ければ、さうした壓力を避けることができる。じつはこれこそ、勞組がワークシェアを好む主要な理由の一つなのだ。多くの場合、勞組は手取り收入が減らないやう、賃金率引き上げと同時に時短を要求する。これは實質賃上げの要求にほかならず、生産の減少とさらなる失業をもたらすことになる。

ロスバードは賃金率と失業に關する議論を次のやうに締めくくる。

時短によるワークシェアはすべての人々の實質賃金率と生活水準全般を引き下げる。生産が減るだけでなく、明らかに非效率となり、勞働者の生産性が落ち込むからだ。すると人爲的に支へられた賃金率と市場で決まる賃金率の格差がますます大きくなり、失業問題はさらに深刻になる。

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