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『アメリカの大恐慌』を讀む(14)過剰生産説

ここからロスバードは、オーストリア理論以外のいくつかの景氣理論を俎上に載せ、批判を加へてゆく。

America's Great Depression

過剩生産説(General Overproduction)

不況が「過剩生産」によつて引き起こされるといふ解説は今でもよく聞かれる。だがこれは「まつたくのナンセンス」だとロスバードはこきおろし、次のやうに書く。

エデンの樂園でもない限り、全般的な「過剩生産」などあり得ない。經濟的欲求がわづかでも滿たされず殘つてゐる限り、生産は必要とされ、求められる。少なくとも1929年に、すべての人々が滿足し、生産がもはや不要な境地になど達してゐなかつたことは間違ひない。

これに對し過剩生産論者はかう反論するだらう。「すべての欲求がなくなつたと言つてゐるのではない。欲求はあつたが、人々にはそれを實現するために必要なカネがなかつたのだ」。しかしどんなに嚴しい不況でも、いくばくかのカネはあるはずだ。なぜそのカネで「過剩生産」された商品を買ふことができなかつたのか。自由な市場では、人々が買はうと思ふ水準まで價格が十分に下がらない理由はない。

もちろん、大幅に値下げをすれば、商品を賣る企業は損失を出すかもしれない。だがそれは「過剩生産」とは別の議論だ。損をするのは、賣値を讀み違へ、高いコストを拂ひすぎたからにすぎない。經營のプロである企業家がそろつて甘い販賣見通しを立て、黒字を出せないやうな高いコストを拂つてしまふのは、政府の介入により金利が投資の判斷基準としての役割を果たさなくなるからだ。

個々の商品に作り過ぎはあつても、すべての商品が「過剩生産」に陷ることはないとロスバードは強調する。政府による信用膨脹が誤つた投資を引き起こし、結果として儲からない商品の生産を増やし、儲かる商品の生産を減らしてしまふ。言ひ換へれば、ある商品は消費者の欲求に比べ過剩に生産され、別の商品は過少にしか生産されないといふことだ。

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