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自由の實現

トム・パーマー(Tom G.Palmer)は米國自由主義シンクタンクとして知られるケイトー研究所(Cato Institute)で主任研究員を務め、アトラス經濟研究財團(Atlas Economic Research Foundation) でシンクタンクの世界的ネットワークを構築する仕事にも携はつてゐる。

Realizing Freedom: Libertarian Theory, History, and Practice

ここで紹介する Realizing Freedom: Libertarian Theory, History, and Practice(『自由の實現: リバタリアンの理論・歴史・實踐』)は、パーマー氏がケイトー研究所から2009年に出版したばかりの本だ。ハードカバー版で500頁近くもあり、私もまだすべてを讀み切つたわけではない。にもかかはらず、印象的な記述がいくつもあつた。

リバタリアン智識人には經濟學者が多いが、パーマー氏は法哲學者だ。同氏は經濟學者がともすれば見落としがちな自由の條件を強調する。それは法の支配(the rule of law)だ。「法の支配がなければ、人は他人の勝手な意志(the arbitrary will of others)のなすがままだし、それは不自由な環境で生きるといふことだ」。そして次のやうに辛辣に書く。

同等に自由を實現できる法的・制度的枠組み(the legal/institutional framework)に氣も留めず、單に「やりたいことをやる」だとか「自分の權利を享受する」だとかいふことだけに寄りかかつた自由の體系とは、なんとも淺はかなものだ。

現在、政治家や多くの經濟學者は、所得格差是正のために所得税率を引き上げろとか、不況克服のためにインフレを起こして債權者から債務者へ實質所得を移轉させろとか、當然のやうに主張する。大手石油會社が原油流出事故を起こせば、政府が株主でもないのに、配當や經營幹部への報酬の支拂ひに口を出し、果ては勞働者への賃金補償まで求める。

これらは、市民の自由が政府の「勝手な意志」に飜弄される、國内外における憂慮すべき傾向の一端にすぎない。パーマー氏による法の支配の強調は、きはめて時宜を得たものと言へるだらう。

もう一つ觸れておきたいのは、パーマー氏が自由主義の普遍性を主張してゐることだ。同氏はかう言ひ切る。「リバタリアンの信條を『西洋文化』("Western culture")と同一視する人々に同意することは斷じてできない」。リバタリアニズムは特定の國や文化圈でしか通用しない思想ではないとして、次のやうに論じる。

どの文化にも文明にも、自由の物語(narratives of freedom)と服從の物語(narratives of subjugation)がある。リバタリアンの責務は、それぞれの文化的環境に固有の自由の物語を見極め、自由を目指すこの鬪ひ(the present struggle for freedom)に結びつけることだ。環境次第で難易の差はあるかもしれない。だが純粹にリバタリアンな文化など無いし、純粹に反リバタリアンな文化も存在しない。

パーマー氏はこのやうな信念を抱いてゐるからこそ、世界各地でリバタリアニズムを普及させる活動に精力的に取り組んでゐるのだらう。

じつは私は、自由の理念とは西洋文明の産物であり、リバタリアニズムとは日本人にとつて借り物の思想でしかないと書いたことがある。しかし同時に、たとへ借り物でしかなくても、リバタリアニズムは西洋以外でも通用する理論的根據があると信じてゐる。だからこそかうして日本でリバタリアニズムの普及活動を行つてゐる。

だがもし日本にも自由主義を支へる歴史的土臺があるとしたら、リバタリアニズム運動の實踐にとつてこれほど心強いことはない。私はパーマー氏の言葉に勵まされ、日本における「自由の物語」をあらためて探究してみようといふ氣になつた。Realizing Freedom は他にも知的好奇心を刺戟する文章に滿ちてゐる。ぜひ一讀を勸めたい。

Libertarianism Japan Projectへの寄稿を一部修正)

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