巨大地震と經濟 五つの謬論(1)震災は經濟にプラス

約一週間前の三月十一日、東日本を襲つたマグニチュード九・〇の巨大地震津波、火災、さらには福島原發での爆發事故などを引き起こし、今なお被害は擴大してゐる。ここでは犠牲者への哀悼の意や、現場で救援・復舊等に携はる人々への感謝をくだくだしく書き連ねることはしない。地震發生後、ウェブやマスコミで見聞きした震災と經濟に關する誤つた議論を取り上げ、批判を加へたい。さうした謬論は、場合によつては、震災そのものに匹敵する害惡を人々に及ぼしかねないからだ。

さて、これまでも大きな災害が起こるたびに、經濟學者や評論家が「復興が經濟成長を押し上げる」とはやし立ててきた。今囘も地震發生の直後、米國の經濟學者ラリー・サマーズ(元財務長官、元國家經濟會議委員長、元ハーバード大學學長)がCNBCのインタビューで「復興は日本經濟を一時押し上げるだらう」と話した。震災の影響は惡いことばかりではないといふわけだ。

だがこれは本質を見失つた議論だ。たしかに今後復興が始まれば、資材を積んだ多數のトラックが被災地に續々と向かひ、多くの作業員が活溌に立ち働き、崩れた道路やビル、住宅などを眞新しく建て直してゆくだらう。その樣子はいかにも活力にあふれた經濟を映しだすやうに見えるに違ひない。しかしよく考へてみよう。もし地震が起こらなければ、復興に使はれる資源や人材は、もつと他の、人々がほんとうに欲しいと思ふ物やサービスの生産に使はれ、もつと豐かな社會を生み出してゐたはずだ。

地震で家を失つた人は、地震がなければ、家に加へて、たとへば新しい車を買へただらう。しかし地震に襲はれたために、車を買ふはずだつた資金は家の建て替えに充てなければならず、車は諦めなければならない。家やビルを建てる建設會社は儲かるかもしれないが、その分、車を賣れるはずだつた自動車會社は儲けのチャンスを失ふから、經濟が全體で豐かになるわけではない。目の前で展開される復興の光景に惑はされて、豐かになつたやうな氣がするだけだ。災害は災害。よいことなど一つもない。

もし災害が國を豐かにするのなら、地震津波がないときは、政府が率先して住宅を打ち壞したり、道路を掘り崩したりして、復興需要を喚起した方がよいといふことになる。そんな馬鹿馬鹿しいことに賛成する人はまづいないだらう。ところがその馬鹿馬鹿しいことを大眞面目で主張したのが、著名な經濟學者ケインズだ。景氣が惡いとき、政府は失業者を雇つて穴を掘らせ、それをまた埋めさせればよいとケインズは言つた。

だからケインズの影響力に支配された現代の主流派經濟學者たちは、サマーズのやうに、災害が起こると思はず「よいこともある」と口走つてしまふのだ。このやうな狂つた考へにもとづく解説を眞に受けてはならない。

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