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巨大地震と經濟 五つの謬論(2)復興税を導入せよ

震災の復興資金をまかなふ方法として、政治家や專門家から大きく二つの選擇肢が提案されてゐる。一つは増税だ。自民黨の谷垣禎一總裁は「東北復興ニューディール政策」を行ふべきだと述べ、財源確保のため増税を提案した。しかし經濟的な效率の面で、税は寄附に大きく劣る。集めるにも分配するにもコストがかかるし、政治的な利權がからむから、本當に必要とする物資やサービスが支給されなかつたり無駄遣ひをしてしまつたりしがちだ。

經濟學者の池田信夫氏は、より具體的に、電力料金に三十パーセント程度上乘せする「電力消費税」の創設を提唱してゐる。だがどんな形式の税だらうと、物資・サービスの支給が政治的利權でゆがむ恐れはなくならないし、また當然ながら一般家庭や企業の光熱費の負擔が税で重くなり、市民生活や企業活動を苦しくしてしまふ。

自由な市場では、商品・サービスの値段が上がると、利潤のチャンスを求めて新規參入する企業が増えたり、既存の企業が生産を増やしたりして、結果として商品・サービスの供給が増え、値段も下がる。被災者を含む消費者はそれで恩恵を被る。ところが値上りの原因が増税だと、企業はその分利潤が得られるわけでないので、供給は増えず、値段は下がらない。そもそも日本の電力市場では十電力の地域獨占下、自由化は限定的で、新規參入が原則認められてゐない。だから「電力消費税」による人爲的な價格押し上げは、電力消費を一律に抑壓するだけで、經濟的なメリットをもたらさない。

また谷垣氏も池田氏も増税を時限措置としてゐるが、ガソリン税の暫定的な上乘せ分を環境税に切り替へる議論ひとつを思ひ出しても、いつたん握つた財源は絶對手放さうとしない政府が、暫定税を恆久化する恐れは小さくない。

金錢的支援は、たんにカネを渡すことだけに價値があるのではない。個人が自發的な意思にもとづいて行ふからこそ、貴いのだ。人から助けてもらつたときには、その人にぜひお禮を言ひたくなるはずだが、税といふ形式をとると、お禮を言ふ相手はおカネをくれた本人でなく、政治家や政府の役人になつてしまふ(もちろんそれが政治家や役人の狙ひなのだが)。あらゆる税と同じく、復興税は人の道徳心を狂はせるおぞましい制度といへよう。

十九世紀米國の大統領、グローヴァー・クリーヴランドは、テキサスを襲つた洪水の被害を受け議會が救濟法案を提出した際、これに拒否權を行使し、次のやうに述べた。「聯邦政府の援助は、政府が父親のやうに世話を燒いてくれるといふ期待を抱かせ、わが國民の不屈の精神を弱めることになる」。政府による救濟が當たり前になつてしまつた現代人にとつて、國民を突き放したやうなこの態度は驚きだらう。しかし昔は、税が人間の「不屈の精神」や道徳心を損なふことを知つてゐる政治家がゐたのだ。

經濟的にも道徳的にも、災害支援は民間の寄附によるべきだ。「ユニクロ」を展開するファーストリテイリング柳井正會長兼社長が個人として十億圓の義捐金を送るのをはじめ、すでに多くの寄附がなされつつある。政府がやるべきことは増税などではなく、むしろ大幅な減税を實施し、人々が寄附に囘せる手持ちのおカネをもつと増やすことだ。

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