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呉智英氏の思ひ出(2)熱中

『封建主義…』の後、『インテリ大戰爭』や『大衆食堂の人々』なども讀むうち、すつかりファンになつてしまつた。呉氏の思想が徐々に理解できるやうになつたこともあるが、同じくらゐ魅力に感じたのは文章である。主張は明確、表現は明晰で紛れがない。「逃げ隱れしない男らしい文章だ」と私は感服した。そのうへ讀者を笑はせるサービス精神が旺盛である。

賢者の誘惑 (双葉文庫)

好例を一つ引かう。實在の狂人「芦原將軍」をモデルにした芦原金次郎「都立松澤大學」教授と呉氏との架空對談である。「トンデモ本」ブームの發信源にもなつた雜誌「宝島30」連載當時、私はこのブラックユーモアに滿ちた問答を眞先に讀んだ。

芦原 君の『サルの正義』、読みました。そこに収録されている死刑論、つまり、死刑を廃止して復讐を認めよという主張は、それなりに面白い。通俗的な死刑是非論とはちがうからね。だが、まだ踏み込みが足りぬようだ。
 おそれいります。
芦原 まあ、死刑についてはベッカリア君などもいろいろ研究をやっていたようだな……。イタリア留学時代からずっと会っておらんが、最近は元気なのかね、あまり噂も聞かないが。
 ずっと前に亡くなりました。
芦原 えっ、死んだのか。ミラノ大学の学食ではよく一緒にスパゲッティやマカロニを食ったものだった。そうか、ベッカリア君も死んだか。
 のちにはミラノ大学の教授にまでなられたようですよ。フランス革命の頃ですけど。
芦原 惜しい男を亡くしたものだ。私とは考えは違っていたがね。(中略)
 なるほど。出典は韓愈でしたか。その韓愈にも、先生は留学中にお会いになっていらっしゃいますか。
芦原 バカか、君は。唐の時代の思想家に、どこへ留学したら会えるのかね。君は韓愈も知らないと見える。
 お恥ずかしい次第です。(『賢者の誘惑』より)

呉氏は『知の収穫』の小林よしのり論において、宮武外骨の言葉を引き、小林マンガの主人公を「過激にして愛嬌あり」と評してゐる。むしろこの評言は呉氏自身にこそあてはまる。

知の収穫 (双葉文庫―POCHE FUTABA)

(初出「地獄の箴言」2000年7月31日。表現・表記を一部修正)

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