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呉智英氏の思ひ出(4)投稿

呉智英氏が月刊誌「噂の眞相」にエッセイ「折々のバカ」を一年にわたり連載し始めたのは1986年秋、私は卒業を控へた大學四年生になつてゐた。

同年12月號に載つた第三囘は、渡辺和博著『金魂巻』に對する上野昂志氏の論評を俎上に載せ、上野氏及び岡庭昇氏らによる「ロス銃撃事件」三浦和義容疑者の擁護論にも言及しつつ、上野岡庭兩氏に代表される「珍左翼」(呉氏の造語)の珍妙なる理論を批判する内容であつた。これに對し、岡庭氏が「噂の眞相」1987年1月號の投書欄に「呉智英さん、ありがとう!」といふ「反論」を寄せた。一部引用する。

金魂巻―現代人気職業三十一の金持ビンボー人の表層と力と構造

“折々のプッツン”こと、呉智英サンが、わたしが三浦和義サンを擁護しているのは《“人殺し”を弁護して世の中を混乱に落とし入れ、それに乗じて革命を起こそうという“二段階革命論”である》(本誌前<1986年12月>号)とお書きになっている。(中略)それにしても、こういうビンボー人に限って、一億総中産階級は現実であるなんていいたがるんだから、ほんとチャンチャラおかしいよなあ。相変らず、新書本読んじゃ、インテリになれたと、ウットリしているのかい? ドブ板めくっちゃ、幻想のアカ狩りに夜も日もあけず、オマワリさんに言いつけっこしてるのかな? それとも、ラブホテル街の裏口のぞいてまわっては、“いけませんよー、SMは女性差別ですよー”と、例の金切り声をあげているのかしら、ネ。あんたを見ていると、往年の奥むめを女史をおもいだすよ。愛国婦人会から主婦連まで、半世紀にわたって“パーマをかけてはいけません”と叫びつづけた、あっぱれ非転向のオバサンさ(安心しなよ。あんたの名古屋で、あんたそっくりの顔をした教師が伝統をまもっているさ)。(中略)男でありながら(オカマだったらゴメン――他の人だったらこんな気づかいしないけどね…筆者注)主婦連の志に生きるという、もうそれだけですばらしいじゃありませんか。呉智英さん、どーもありがとう!(東京都・岡庭昇・43)

これはひどいと思つた。投稿の經驗はほとんどなかつたが、「呉智英批判に一言」と題する拙い文章を書き、「噂の眞相」編輯部に送つた。それは同じ學生である保坂博氏の「プッツンは差別語」といふ投稿とともに、二月號の投書欄に掲載された。私の投稿は以下の通りである。

1月号の本欄で岡庭昇氏が呉智英氏に反論されていますが、それについて少し自分の考えを述べたいと思います。


私は、12月号の『折々のバカ』を読んでいませんので、岡庭氏が引用されている部分がどのような文脈で書かれたのかわかりません。ただ、私がこれまで読んだ呉氏の著書などから判断して、呉氏が、「三浦和義氏を弁護すること」自体を非難しているとは考えられません。むしろ、岡庭氏が“珍左翼”活動の一環として三浦問題を捉えていることを批判したのだと思われます(岡庭氏が本当に“珍左翼”か、という議論はここでは置きます)。


呉氏の本旨が右のようなものだとすると、岡庭氏が公の場でまず明確にすべきことは、三浦弁護における自らの立場でしょう。その点から言うと、1月号の同氏の「反論」はやや不満でした。


また、岡庭氏は呉氏の言論的立場を少し誤解(あるいは曲解)されているように思います。例えば、呉氏が主婦連的なSM反対論者であるかのように非難されていますが、これは全くの的外れとしか思えません。おそらく、岡庭氏は、呉氏が『封建主義、その論理と情熱』の中でSMに関連して岡庭氏を批判した部分を指しているのでしょうが、前後の文脈から判断すれば、呉氏の立場が主婦連的なものとは正反対であることは明らかです。


呉氏の「バカ」という言葉に激高のあまり、岡庭氏の文章中には「顔の貧しい」「金切り声」「オカマ」等、感情的な言葉が多過ぎるように思います。


プロの論客らしい、堂々たる論争を今後に期待します。(埼玉県志木市・木村貴・学生22)

岡庭氏の口汚ない文章に憤つたとはいへ、向かうは曲がりなりにもプロの評論家、こちらは一介の學生に過ぎない。いざ書く段になると、遠慮が先に立つて隨分とおとなしい文章になつてしまつた。また、この文章中には不正確な部分がある。「私は、12月號の『折々のバカ』を讀んでゐません」といふ件である。實は私は12月號の「折々のバカ」を讀んでゐた。ただし、本屋での立讀みである。投稿文に「立讀みでしか讀んでゐません」と書くのは何か恥づかしいし、「立讀みでしか讀んでゐないのに正確に批判できるのか」と突込まれるのも嫌だつたので、いつそ、讀んでゐない事にしようと考へたのである。今にして思へば無意味な小細工であつた。事實、投稿が掲載された後、正直に書くべきだつたと後悔した。理由は二つあり、一つは後述するが、もう一つは、呉氏が1983年に別の場所(「本の雜誌」)に書いた岡庭批判の中で、次のやうに正直に記してゐるのを知つたことである。(強調は木村)

私は「噂の眞相」誌の岡庭の駄文を立ち読みではあるけれど正しく読んでいる(もし、私の言及がでっち上げだと主張するなら、正々堂々と反論なさったらいかがかな)。

たしかに、立讀みでも文章の主旨を正確に理解したのなら何の問題もない。かういふことを堂々と書ける呉氏の飾らない性格と腹の坐り具合とを、私は立派だと思つた。飾らない性格といへば、呉氏は「拾ひ讀み」が得意だと書いたことがある。「拾ひ讀み」といつても、本をところどころ讀む通常の意味の「拾ひ讀み」ではなく、文字どほり、驛のゴミ箱などに捨ててあるマンガ雜誌を拾つて讀むのである。これなら多數のマンガ雜誌に經濟的に眼を通せるといふ譯だ。「拾ひ讀み」の話は、たしか講談社現代新書の隨筆集『東京情報コレクション』に収められてゐたと記憶するが、買はなかつたので確かめられない。私は「拾ひ讀み」の眞似を一二囘やつてみたが、永續きしなかつた。
(初出「地獄の箴言」2000年8月。表現・表記を一部修正)

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