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備蓄できない電力だからこそ、市場經濟に任せよう

電力流通關係の勤務經驗をもつ岸田信勝氏が「備蓄できない電力を市場経済に任せてよいのだろうか?」といふ記事を「アゴラ」に寄稿してゐる。技術的智識のない私にとつて勉強になる點はあるけれど、タイトルに集約された全體の趣旨には賛成できない。岸田氏はかう述べてゐる。

確かに電力需要を少なくするために値上げという発想は理解できるが、市場経済にゆだねてよいものは貨幣で相互的に代替できるものだけなのではないだろうか。大電力は備蓄できないという一点から、電力を貨幣で替えることはできても、ありえない備蓄電力を貨幣で買えない以上、市場原理で考えることは根本的に間違っていると思われる。市場原理が通用するのは相互交換できる場合のみではないだろうか。

電力は備蓄できないから市場原理は通用しないと岸田氏は言ふ。だが「備蓄」できなくても、市場經濟を通じて供給されてゐるものはたくさんある。

その一例がホテルだ。ホテルは今日空き部屋があつたからといつて、その分を明日に囘すことはできない。平日に百室のうち五十室しか埋まらなかつたからといつて、空いた五十室をとつておいて、休日に百五十室賣りに出すわけにはいかない。ホテルを舞臺とした森村誠一の小説に「客室は一夜毎に腐る。……それは一日で生命を終る蜉蝣(かげろう)のような商品である」といふくだりがあるが、まさしくホテルの客室は一日で消えてしまふ商品であり、「備蓄」できない點で電力とまつたく同じだ。

銀の虚城(ホテル) (ハルキ文庫)

にもかかはらず、ホテルの宿泊サービスは政府の介入など必要とせず、市場經濟を通じて立派に供給されてゐる。どのやうにして可能なのか。言ふまでもなく、價格の差別化によつてだ。リゾート地にあるホテルは、お客のあまり來ない平日は宿泊料を安くする一方で、週末・休日には高めに設定する。イベントなどで繁忙を極める時期には特別料金と稱してさらに値上げする。これによつてホテルは需要の集中をならすことができる。

だから、備蓄できない商品に市場原理が通用しないといふ主張は「根本的に間違っている」。それどころか、備蓄できず、供給量の調整が難しいものほど、價格を通じた調整が重要になる。ホテルがじつにさまざまな「プラン」や割引を用意し、實質値上げ・實質値下げを含む價格の細かい差別化をはかつてゐるのはそのためだ。それに比べ電力會社の價格體系はあまりに硬直的で、同じサービス業とはとても思へない。

このやうに言ふと、「値上げしても需要が供給を上囘り、大規模停電になつたらどうする」との反論があることだらう。もちろんやみくもに需要を供給能力以下に押さへ込むだけなら、方法は簡單だ。政府が統制すればよい。岸田氏は次のやうに書いてゐる。

電力不足に対する短期的な対策としては、ピーク時の需要拡散しか手段がない。それはサマータイムの導入などと生ぬるい政策ではなく、夜間深夜の生産活動、地域ごとの休日設定、西日本へ拠点の移動などが考えられる。また、児童や学生などは夏休み期間中は西日本へ疎開するのもよいかもしれない。

これらの措置は「行政的に推進していくしかないかもしれない」と岸田氏は言ふ。たしかに政府が強權を發動すれば、少なくとも短期的に電力需要は擴散するだらう。だが見逃された問題がある。

震災や原發事故で多大な被害が發生し、多くの人々が不便な生活に苦しむ現在、急がれる課題は、衣食住・醫藥・醫療をはじめとする物資・サービスや復興用機材などを安く大量に國内で生産するか、それらを輸入するための外貨を輸出で稼ぐことだ。いづれにしても生産活動の恢復と擴大がカギとなる。

ところが電力需要の分散を最優先して生産活動を統制すれば、生産は不效率となり、苦しむ人々に物資・サービスの不足や物價高で追ひ打ちをかけることになる。岸田氏は、電力供給のネットワークは高度だと強調してゐるが、商品やサービスを供給する産業間の見えないネットワークはそれに劣らず高度かつ繊細で、政府の判斷で生産據點や稼働時間をいぢくり囘せば、たちまち不具合を生じるのは明らかだ。

停電を囘避するといふ目的に限つても、政府による統制に本當に效果があるのか疑はしい。私が住む横濱市では輪番停電を實施してゐるが、同じ區内でも大きな病院のある地域は對象外となつてをり、停電期間が長引くにつれ、近所では「病院の近くに引つ越さうか」と眞顏で話す人が出てきた。一般家庭でこれなのだから、生鮮品を扱ふ商店やレストラン、照明が缺かせない學習塾などにとつてはまさに死活問題だらう。

家や店が多少増えたくらゐで電力需要が急激に高まることはないだらうが、塵も積もれば山になるといふこともあるし、統制に影響された個人や企業の行動が電力需要の思はぬ集中につながるケースは他にも出てくるだらう。その結果、小規模でも人命にかかはるやうな停電が起こるかもしれないし、それ以上の大規模停電の引き金を引くかもしれない。そもそも政府は統制に十分な情報を得ることができない。個人も企業も自分の行動について政府に逐一情報を與へるメリットがないからだ。

停電を避けるには、電力や代替エネルギーの供給を急いで増やすことだ。既存電力會社の發電所再稼働や増強をのんびり待つてなどゐられない。ガス會社による電力供給は自由でないし、温泉の湯を使つた地熱バイナリー發電や工場の未利用蒸氣を利用した小規模な發電にまで、電氣事業法によりボイラー・タービン主任技術者の常駐が義務づけられてをり、普及を阻んでゐる。既存電力會社とそれに親しい政治家・官僚の權益を守るかうした規制を一刻も早く撤廢しなければならない。

新規參入を促すためにも、電力料金は自由化が必要だ。供給不足で電力料金が高くなれば、利潤を求めて參入する企業が増え、その結果、電力供給量は増え、料金は下がる。「金融日記」の藤沢数希氏は先日、東京電力は大幅な値上げをせよと書き、私もそれに同調したが、よく考へてみれば、東電が進んで値上げに踏み切るわけがない。供給不足を理由に値上げをすれば當然、新規參入で供給を増やせといふ議論が強まるからだ。政府の庇護の下、獨占の利益を享受してきた事實上の官營企業(そのうち本當の官營企業になるかもしれないが)にとつて、それは最も忌まはしいシナリオだらう。

先日も書いたとほり、電力料金の自由化の代はりに、電力に税をかける方法では駄目だ。需要を畫一的に抑へこみ、税收で政府を喜ばせる役には立つても、新規參入を促し、供給を増やす誘因にならないからだ。經濟のダイナミズムを無視した近視眼的な思ひつきでしかない。ついでに言つておくが、このやり方を「市場原理を活用した方法」と誇らしげに呼ぶ人がゐるが、とんでもない勘違ひだ。税が「市場原理」であるはずがない。

非常時だから市場は機能しないとか、非常時だから政府の力を強めても仕方がないとかいつた議論に、私はくみしない。非常時だからこそ、私たちは市場が十全に機能するやう氣を配り、その聲に耳を傾けなければならない。

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