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呉智英知事の失敗

名古屋に住んでゐた四年前に書いた文章の再掲です。河村たかし旋風で全國的に注目された今年の統一地方選の話ではありませんので、ご注意を。

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愛知縣民以外は誰も知らないと思ふが、来月、愛知縣知事選がある。地元の新聞各紙は關聨記事を連日掲載してゐるが、一月十二日附朝日新聞(中部版)社會面「私のマニフェスト」に同縣出身の呉智英氏が登場した。見出しは「能力と努力で評価される公平な学歴社会にしたい」。記者の聴き書きなのかも知れないが、持論を明快に述べたもので、いつもながらすつきり讀めて氣持ちが良い。主張の内容そのものも、感情的な學歴反對論に比べれば數等優れてゐる。しかし少しく引つかかる部分があつた。

言葉の煎じ薬

私が知事になったら、6年制の公立中高一貫校をつくる。奨学金制度も充実させ、貧乏でも努力次第で高学歴が手に入るようにする。中長期的には実業高校のレベルも上げたい。愛知の工業高校を出ると一流企業に無条件で就職可能、商業高校の成績が優秀だと大学に編入学できるというようにする。

私は教育と政治を分離すべきだと考へてゐるので、そもそも公立校制度には反對であるが、それはひとまづ措く。問題は「愛知の工業高校を出ると一流企業に無条件で就職可能」といふ部分である。ある學生を採用するかしないか決める權利は企業側にある。「愛知の工業高校」を出た學生の中には、もちろん優秀な者もゐるだらうが、かといつてそれが本當に企業の求める人材かどうかは分らない。情報技術科の學生は欲しいが土木科は要らないといふ企業もあるだらうし、一流企業とはいへ不景氣で新卒採用そのものが困難な場合もあるだらう。

さうした企業側の事情にお構ひなく、「無条件で就職可能」といふ知事の方針を貫けばどうなるか。企業は要りもしない人材を抱へ込み、經營が次第次第に左前になつて行くのは間違ひない。新入社員の首をすぐに切れればよいのだが、それは知事が許さないはずだ。さうした強制採用を毎年毎年續けてゐるうちに、やがて一流企業は一流企業でなくなり、下手をすると潰れるかも知れない。それは輝かしい「学歴」を手に喜び勇んで入社していつただらう工業高校卒業生たちにとつて決して幸福な結末とはいへまい。權力で企業の自由(それはすなはち個人の自由なのだが)を縛るやうな惡政は斷じて行ふべきでない。

(附記)「私のマニフェスト」は識者に自らの政治的意見を聽く連載記事。呉智英氏が本當に知事選に出馬するわけではないので、誤解なきやう。

(初出「地獄の箴言」2007年1月13日。表現・表記を一部修正)

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