『経済学革命』

木下栄蔵・三橋貴明『経済学革命――復興債28兆円で日本は大復活!』彩図社、2011年)

経済学革命 復興債28兆円で日本は大復活!

著者の一人である三橋氏はケインズ經濟學のデタラメを戲畫的に體現するネットのカリスマとして知られるが、相方の木下氏はそれをしのぐスケールのでかい人物だ。工學博士で數理計劃學・統計解析が專門らしく、オペレーションズ・リサーチ(OR)を驅使して「恐慌経済の局面では経済法則が通常経済とは全く逆転」することを「証明した」といふ。この手の「恐慌は平時と違ふ」といふ話なら、1929年に始まつた大恐慌後、それこそ教祖ケインズをはじめ、有象無象のエコノミストが口々に主張してきたことで、別に目新しくもなんともない。まあ、ORとかいふ「数学を使つて証明した」ところがすごいのだらう、きつと。

さて木下氏の具體的な主張を見る。まづ「だれかが借金をしないと経済は回らない」といふ。「企業は設備投資のために借金をする。消費者は家やマンションを買うためにローンを組む。つまり、だれかが借金しないと経済は成り行きません」(p.25)。そんなことはない。無借金經營の會社はたくさんある。有名企業でも武田薬品任天堂ファナック信越化学など現預金が借金を上囘る實質無借金の會社は少なくない。個人にしても、一般市民の多くがマイホームを買ふために住宅ローンを組むやうになつたのは昭和50年代以降のことだ。借金しないと經濟が囘らないなどといふのはウソだ。だから、恐慌時には民間が借金しないから政府が代はつて借金しなければならない、などといふ木下氏の主張には根據がない。

また木下氏は、リカード比較優位説は通常經濟の下でしか成り立たないといふ(p.115-)。リカード比較優位説とは、それぞれの國がもつとも得意とする製品だけをつくり、それを自由貿易によつて交換することで、さうしない場合よりも同じ勞力と時間で多くの製品を手に入れることができ、互ひに豐かになるといふ原理だ。

だが木下氏は、この原理は恐慌時には働かないと主張する。なぜかといふと、得意分野への特化と自由貿易によつて製品の供給が増えても、恐慌時には需要が少ないからだ、と。しかしそれは價格を引き下げれば濟むことだ。だが木下氏は世間に數多いデフレ恐怖症患者と同じく、價格が下がることは經濟にとつて惡だと思ひこんでゐるから、値下げを認めない。實際には嚴しい經濟情勢の時こそ、立ち直るためにコストの低下が必要なのだ。恐慌時こそリカード比較優位説が輝きを増し、國際分業と自由貿易の必要性が高まると言へる。いづれにしても「恐慌時には比較優位の效果を政府が妨げるべきだ」とでもいふならまだしも、「恐慌時に比較優位説は成り立たない」などといふのはとんでもないウソだ。

木下氏は對談中、數式や圖表まで持ち出して、この自説を三橋氏に延々と力説し、さすがの三橋氏も「私が理解できなかったです(笑)。すみません」(p.126)と苦笑する。これには大笑ひした。経済学革命バンザイ。

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