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『マネー避難』

藤巻健史『マネー避難――危険な銀行預金から撤退せよ!』幻冬舎、2011年)

マネー避難 危険な銀行預金から撤退せよ!

本書には日本の財政問題への嚴しい認識をはじめ、賛同できる部分も少なくない。しかし「円安になれば、今の日本にあるほとんどの問題が解決するのです」(209頁)といふ圓安信仰がすべてをぶち壞しにしてゐる。

著者藤巻氏は、たとへば「なぜ中国がこれだけの高成長を続けられたのかを考えると、私はひとえに人民元を安く保つ政策を保持してきたからだ、と思っています」(169頁)と主張する。たしかに人民元安が輸出を有利にした面はあるだらう。だがシナの經濟發展が「ひとえに」通貨安のおかげとは、明らかに言ひ過ぎだ。

一番身近な反證は、この日本だ。圓相場は戰後のブレトンウッズ體制で決まつた1ドル=360圓から一貫して上昇を續けてきたが、この間、日本は世界第二の經濟大國に成長したではないか。一時的に「圓高不況」に見舞はれることはあつても、企業はむしろそれをバネに競爭力を高めてきた。シナも事實上の資本主義のもとで企業家が活躍し、世界に通用する商品を作り出したからこそ、現在の繁榮があるのだ。

その裏返しが米國だ。戰後、ドルはほぼ一貫して下落してきたが、その間、製造業は競爭力を失ひ、自動車のビッグスリーのやうに、經營破綻に追ひ込まれた代表的大企業すらある。通貨安が發展の條件ならば、日米の經濟力格差は今頃、戰前以上に擴大してゐるはずだ。

圓安は「日本の国力を持ち上げる最大の武器」(94頁)と藤巻氏は言ひ、たとへ話で「低い成績を取った人が、危機感で猛勉強を始めたり、塾に通い始めて成績を上げるのと同様です」(同)と書く。だがそれは譬喩として的外れだ。同氏が豫測するやうに、政府のインフレ政策で人爲的な圓安を起こすことができれば、輸出企業は危機感を抱くどころか、經營努力を怠り、やがて國際競爭力を失つてしまふだらう。人爲的な通貨安は麻藥のやうなものだ。

さらに不滿なのは、藤巻氏が折角、政府の野放圖な財政を批判し、このままでは「国債・円・株の暴落は避けられない」と警鐘を鳴らしておきながら、自らの圓安信仰も手傳つて、結局は政府のさうした政策を次のやうに容認してしまつてゐることだ。

〔國債の日銀引き受けといふ〕禁じ手を使わなければ、政府のお金が枯渇してしまいます。そうなると、国家公務員の給料は出ませんし(もちろん政治家も、です!)、災害復興費も出ません。子ども手当はもちろんのことです。政府機能の一時閉鎖(シャットダウン)です。そんなわけにはいきませんから、禁じ手を承知で、「しょうがない」と私は言っているのです。政府といえども、金がなくては何もできません。政府でも倒産してしまうのです。(66頁)

災害復興は民間でやつた方がよほど效率がよいのだから政府の豫算などそもそも不要だし、子ども手當も餘計なお世話だ。民間企業なら、カネが涸渇すれば役員にも從業員にも給料は出ないし、最後は倒産する。當たり前のことだ。なぜ政府に限つて「そんなわけにはいきません」となるのか。ベルギーでは中央政府不在の「無政府状態」が1年以上續いてゐるが、國民は普通に生活できてゐる。

「市場原理は偉大なのです」(195頁)といふ藤巻氏の言葉は立派だが、市場原理を守るためには、政府の介入を排する努力が缺かせない。とりわけ現在、その努力が強く求められるのは金融市場だ。政府はマネーから手を引け。「伝説のディーラー」にはこれくらゐの啖呵を切つてほしいものだ。

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