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不健全な銀行を助けるな(バジョット)

銀行の経営が不健全であれば、今後ともその状態が続くことはたしかであり、政府がそのような銀行を維持・支援すれば、いっそう経営の不健全化が進むだろう。もっとも重要な原則は、現在経営が不健全な銀行に対する援助は、将来の健全な銀行の成立を必ず妨げるということである。


ウォルター・バジョット『ロンバード街 金融市場の解説』(久保恵美子譯、日経BPラシックス、2011年)120頁より。原著(Lomberd Street: A Description of the Money Market)は1873年刊。歐州の金融危機擴大を防ぐため、政府・中央銀行は場合によつては公的資金を投入し、破綻しさうな民間銀行を救濟すべきだとの意見が高まつてゐる。救濟を認めるべきだらうか。もし認めるとしたら、どのやうな條件を滿たすべきだらうか。

19世紀英國のジャーナリスト、バジョットは引用文にあるとほり、「不健全な銀行」の救濟を強く戒めた。これを不思議に思ふ讀者もゐるのではないだらうか。「不健全な銀行だからこそ、救つてもらふ必要があるのではないか」「健全な銀行なら、そもそも助けてもらふ理由がないはずだ」と。

さう思つたとしても無理はない。現代においては政府が不健全な銀行を救ふことがあたかも當然のやうにまかり通つてゐるからだ。日本の1980年代バブル崩潰後も多くの銀行が經營難に陷り、公的資金の貸附などで政府に助けられたが、それらの大半は過剩な融資が裏目に出て焦げついた、不健全な銀行だつた。

だがバジョットが救濟を認めるのは、經營内容が健全なのに、たまたま金融危機に卷きこまれて當坐の資金の手當てができなくなつてしまつた銀行だけだ。だから金融恐慌時に、中央銀行英國の場合はイングランド銀行)が民間銀行に資金を貸し附けることは積極的に認めるが、「非常に高い金利でのみ実施すべきである」(216頁)と嚴しい條件をつけた。

これも現代の讀者にとつては驚きだらう。「金融危機で困つてゐる銀行に貸すのだから、低い金利でなければ助けることにならない」と思ふのではないだらうか。だがバジョットが救濟に値すると考へるのは、一時的な危機の嵐が去りさへすればきちんと稼ぐことのできる健全な銀行なのだから、これでよいのだ。

むしろ低い金利で貸し出すと、稼ぐ能力のない不健全な銀行まで融資を求めて中央銀行に殺到し、國民のカネで延命できることになる。これでは眞面目に經營するのが馬鹿らしくなり、どの銀行もリスクを度外視した過大な融資に手を染めるやうになるだらう。その結果、將來新たな金融危機の起こる恐れがさらに高まることになる。現代の經濟學でモラルハザードと呼ばれる現象だ。

バジョットはすでに約百四十年前、さうした問題を見拔き、金融危機に際しては自由に、ただし高金利で貸し附けよといふ上記の原則を提唱した。これは「バジョット・ルール」と呼ばれ、かつては中央銀行の行動指針として尊重されてゐた。ところが今では「自由に」の部分ばかりが強調され、「高金利で」の部分は無視されてゐる。案の定、金融業界にモラルハザードが蔓延し、世界中で金融危機が繰り返される一因となつた。古典の叡智をないがしろにしたツケは大きい。

日経BPクラシックス ロンバード街 金融市場の解説 (日経BPクラシックス)

一つつけ加へよう。バジョットは中央銀行の存在を認めつつも、次のやうに指摘することを忘れなかつた。

この制度には明らかに重大な欠陥がある。〔略〕単一準備制は、その性質上、ひとつの理事会の手に必然的に委ねられることになる。したがって、われわれはこの理事会の見識のみに依存することになり、大半の商業におけるように、多くの競争者の賢明な行動と愚かな行動、分別と無分別の中間をとることができなくなる。(124頁)

これにたいし、現代の經濟學者の中央銀行觀はどうか。たとへば学習院大教授の岩田規久男はかう書いてゐる。

イングランド銀行の金融政策委員会のメンバー(二〇〇九年五月現在)は米国の金融政策を決定する連邦公開市場委員会FOMC)のメンバーに勝るとも劣らない経済・金融に関して高い識見と経験を持った人ばかりである。例えば、総裁のマービン・キングはロンドン・スクール・オブ・エコノミックス(LSE)の教授だった人〔略〕副総裁のチャールズ・R・ビーンもLSEの教授だった人で、雇用やマクロ経済学に関する学術論文等を多数発表している。四人の外部委員のうち三人は経済学博士号の取得者で、経済学部教授を兼任している」(『日本銀行は信用できるか』194頁)

これは日銀總裁がほとんど東大法學部卒ばかりであることや、日銀政策委員會委員の大半が學士どまりであることなどを批判し、それと對比して書いた文章なので、イングランド銀行幹部らの「華麗な經歴」をあへて強調してゐる面はある。だがその點を割り引いても、岩田氏は、すぐれた「識見」を持つ專門家なら、市場への介入(たとへば岩田氏が上掲書で提唱してゐるインフレ目標政策)によつて經濟をよりよい方向に導くことは可能だと言つてゐるに等しい。中央銀行といふ官僚組織の「見識のみに依存すること」の危ふさを指摘したバジョットの洞察と比べると、素朴かつ危險な專門家信仰と言はざるをえない。

原文

If the banks are bad, they will certainly continue bad and will probably become worse if the Government sustains and encourages them. The cardinal maxim is, that any aid to a present bad bank is the surest mode of preventing the establishment of a future good bank.

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