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追剥よりも惡い奴ら(スプーナー)

追剥(おいはぎ)は強盗であること以外を装ったりしない。〔略〕人々をただ「保護する」ことができるよう、その意思に反して金銭を取り上げるのだと称するほど、厚顔ではない。彼は、そのような公言を行うには良識がありすぎるのだ。


ライサンダースプーナー『反逆罪に反対する』第六編(No Treason. No. VI, 1870)より。政府は暴力團に似てゐる。暴力團が金を稼ぐ手口、いはゆる「シノギ」としてよく例にあがるのは、賭博、藥物、恐喝などだが、これらの行爲のいづれも、政府は大手を振つてやることができる。

まづ賭博は、言ふまでもなく、競馬、競輪、競艇などのギャンブルが公營で盛大におこなはれてゐる。つぎに藥物は、覺醒劑やコカインなどは禁止されてゐるものの、アルコール、タバコは政府によつて販賣が認められてゐる。かつては政府自身が專賣公社を通じ、タバコの生産・販賣に携はつてさへゐた。そして恐喝は、「課税」といふ名のもとに、白晝堂々、人々の金を奪つてゐる。やつてゐることを見るかぎり、政府は暴力團と變はらない。

十九世紀米國にも、政府は追剥(highwayman)と同じだと述べた人がゐた。法律家、ライサンダー・スプーナー(1808-1887)だ。公式の憲法理論では、あらゆる納税は自發的におこなはれることになつてゐるが、スプーナーによれば、それは事實に反する。實際には政府は追剥と同じく、人に「金か、それとも命か」と迫る。たしかに、政府はひとけのない場所で人を待ち伏せし、道路脇から飛びかかり、頭に拳銃を突きつけながら、ポケットを探り金品を奪ひ取りはしない。それでもやはり、脅迫で他人の財産を奪ふ以上、政府は強盜なのである。
リバタリアニズム読本
いやそれどころか、スプーナーによれば、政府のやり口は、追剥よりも「いっそう卑劣でけしからぬ」ものなのだ。追剥は政府と違ひ、人の金を奪つておいて、それは相手を「保護」するためだなどと僞善的なことを言つたりしない。自分に屈從するやう命令したり、自分の權威に異議を唱へた者に叛逆者の烙印を押したりもしない。つまり政府と異なり、追剥は「あなたを強奪した上に、彼のカモないし奴隷にしようとはしないのである」。

奴隸制の違憲性を主張したことでも知られるスプーナーは「確信犯的実践の人」だつた。マサチューセッツ州の農家に生まれ、若くして辯護士を志すが、當時同州には大卒資格をもたない辯護士志望者に五年間の實務修習を義務づける法があつた。スプーナーは、このやうな法は貧しい者に不利で、ひいては辯護士間の競爭を阻害するとの考へから、法に從はず開業に踏み切つたといふ(森村進編著『リバタリアニズム読本』208頁)。
暴力団 (新潮新書)
さて辯護士といへば、最近刊行された溝口敦『暴力団』(新潮新書)に興味深い記述がある。暴力團が資金を得る手段として、賭博や賣春はまづいとしても、たとへば債權取立ては問題ないのではないかといふ見方がある。これに對する著者の見解が、なんとも齒切れが惡い。

これは判断が難しいところですが、弁護士法七二条は、「弁護士でない者が弁護士業務を行なってはならない」とし、その違反は二年以下の懲役または三〇〇万円以下の罰金と定めています。つまり組員が債権取り立てを行うことは「非弁活動」といって法律違反に当たるのです。では、違法だから「悪のサービス業」と決めつけるのか、と反論されるかもしれません。ならば、「悪」は言い過ぎで、せいぜい「負のサービス業」という意味合いかもしれません。(178頁)

しかしスプーナーが指摘したやうに、ある種の業務を特定の資格をもつ辯護士だけがおこなへるやう規制するのは、法的サービスの競爭を阻害し、人々の利便を損なふ。辯護士法といふ法律のはうが間違つてゐるのだ。暴力團を長年取材してきたジャーナリスト溝口氏は、暴力團による債權取立てを「惡」と決めつけることに疑問を感じつつも、辯護士が政府といふ日本最強の暴力團と結託して保身を圖つてゐることには氣づいてゐない。

サービスの合法的供給が政府によつて制限されてゐるからこそ、暴力團が違法な供給をおこなふ餘地が生じる。今の日本にアルコールの販賣で稼ぐヤクザはゐないが、禁酒法時代、米國のギャングがそれを一大資金源にしてゐたことはだれもが知つてゐるだらう。政府といふ惡の根源を放置したまま、暴力團撲滅を叫ぶほど無意味なことはない。
自由の倫理学―リバタリアニズムの理論体系
(註)スプーナーの文章はマレー・ロスバード『自由の倫理学』(森村進他譯、勁草書房)197頁以下より再引用。表現を一部變更した。

原文

The highwayman......does not pretend to be anything but a robber. He has not acquired impudence enough to profess to be merely a “protector,” and that he takes men’s money against their will, merely to enable him to “protect” those infatuated travellers, who feel perfectly able to protect themselves, or do not appreciate his peculiar system of protection. He is too sensible a man to make such professions as these.

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