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貿易協定はいらない

あけましておめでたうございます。今年もラディカルに頑張る所存です。どうぞよろしく。
TPP亡国論 (集英社新書)
昨年11月、政府が環太平洋經濟連携協定(TPP)交渉參加を表明し、同協定への關心があらためて高まつてゐる。本屋の經濟書コーナーをのぞくと、一年近く前に刊行された中野剛志『TPP亡国論』(集英社新書)が山積みになつてゐた。中野氏の主張は以前別の本を取り上げて叩いたことがあるが、もう一度批判しておかう。

中野氏がTPP參加に反對するのは、「急進的な」自由貿易に反對だからである。ではなぜ「急進的な」自由貿易はいけないのか。中野氏が舉げる理由はおもに二つある。

第一に中野氏は、經濟人類學者のカール・ポランニーらを援用し、急進的な自由貿易は社會を崩潰させると主張する(228頁)。だがこれは誤りだ。リバタリアン經濟學者のマレー・ロスバードが指摘するやうに、市場經濟が社交性や親交を破壞するといふポランニーの見方は事實に反する(越後和典『新オーストリア学派とその論敵』84頁以下)。ポランニーは資本主義以前の「素朴な」部族社會・身分制社會を崇拜するが、現實には、さうした社會では稀少な資源を求めて部族間の紛爭が絶えなかつた。人々の間に友好的關係をはぐくみ高めたのは、市場經濟による分業と協業である。震災後の日本では「絆」といふ言葉がブームだが、絆は市場がつくるのだ。
新オーストリア学派とその論敵
もちろん市場經濟では競爭に敗れる人も出てくるが、これは限られた資源・人材をより有效に使ふために必要な過程だ。競爭に敗れるといふことは、人々が望む商品・サービスを提供できてゐないといふことだから、殘念ながら、もつと喜ばれる商賣に鞍替へしなければならない。しかしその結果、社會全體では資源・人材の「モッタイナイ」無駄使ひがなくなり、人々は豐かになる。

これは國内經濟だけでなく、國際經濟にもあてはまる。自由貿易をやつた結果、アメリカや支那だけが得をし、日本が損をするなどといふことはない。すべての國が得をする。日本國内の市場經濟で東京だけが得をし、北海道や九州が損をしてゐるわけではないのと同じことだ(地方經濟の停滯は市場經濟でなく政府による規制やバラマキが原因)。だから日本をより豐かで、より友好的な社會にしたいのなら、中野氏の主張とは逆に、自由貿易をできるだけ「急進的」に進めなければならない。

第二に中野氏は、デフレのときに貿易を自由化すると、安い製品の輸入で物價が下がり、デフレを「惡化」させてしまふからよくないといふ(120頁以下)。これも自由貿易に反對する理由にはならない。これまでこのブログでさんざん書いてきた(ここここここ)ことだが、デフレ(物價全體の下落)が惡いといふ主張はまつたくの間違ひだ。

デフレのときに借金をすると、將來返濟するときの負擔が實質重くなるので、企業は借金をして投資を増やすことに愼重になると中野氏は説明する。だが企業がいくら投資に愼重でも、永久に先延ばしするわけではない。物價が十分安くなれば、そこで投資に踏み切る。いや、物價が安いからこそ、新たな事業を始めることができる。その水準に至らないうちに政府が金融緩和などで物價を上げようとすれば、事業のコストを高くし、經濟の自律的恢復を遲らせてしまふ。投資の再開を早めるためには、むしろ自由貿易で安い製品をどんどん輸入し、デフレを加速するべきなのだ。

ところがデフレを惡と決めつける中野氏は、驚くべきことに、日本の農業はいま生産性を向上させるべきではないといふ異樣な主張すらおこなふ。なぜなら「生産性を向上させ、安い農作物を出荷できるようになったら、それだけでも、食料価格が下がり、デフレが進んでしま」(130頁)ふからだ。デフレのあいだ、日本人は文明の進歩を止めろといふのに等しい暴論である。

以上述べたやうに、中野氏の『TPP亡国論』は妄説にすぎない。では私自身はTPPに賛成なのか。じつは反對である。なぜなら眞の自由貿易とは、政府同士が例外規定だらけの分厚い文書による「協定」で決めるべきことではないからだ。

自由貿易を強く支持するアメリカのロン・ポール聯邦下院議員はかう述べてゐる。「政府首脳が大好きな北米自由貿易協定NAFTA)や、世界貿易機関(WTO)に……私は反対していた。私が最初にこのような協定に疑問を抱き始めたのは、規則が書かれた山のような書類の量であった。自由貿易のために二万ページもの書類など必要であるはずがないのだ」(佐藤研一朗譯『他人のカネで生きているアメリカ人に告ぐ』74頁)
他人のカネで生きているアメリカ人に告ぐ ―リバータリアン政治宣言―
本物の自由貿易とは、政府の介入がなく、製品が國境を越えて自由に行き來することをいふ。だからロン・ポールが指摘するとほり、自由貿易には政府同士の協定や同意は元來いらない。「WTOやNAFTAなどは、政府管理貿易と呼ばれるべきものであって自由貿易ではない」(75頁)。これはNAFTAと同じく自由貿易協定の一種であるTPPにも言へることだ。

中野氏によれば、TPPは自由貿易協定としては「過激」な部類に入るといふから、「急進的」な自由貿易を支持するラディカルな私にとつては、次善の策なのかもしれない。しかし「自由貿易には政府同士の協定や同意は元來いらない」といふ基本があまりにも知られてゐない以上、まづはかう言ひたい。厖大な時間と費用をかけて協定交渉などやらなくてよい。政府がやるべき仕事はただ一つ、すべての關税と貿易規制をいますぐ撤廢することだ。

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