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リフレ主義は國家主義――中野剛志『レジーム・チェンジ』

デフレ(物價の下落)は不況や失業を招く惡であるから、政府の政策を動員して「適正な」インフレ(物價の上昇)に引き戻さなければならない。かうした考へをリフレ主義と呼ぶ。これまでリフレ主義の誤りとそれが經濟・社會に及ぼす害惡についてはたびたび批判してきた(例1例2例3)が、最近リフレ主義の危ふさを示す極めつけともいふべき本が現れた。中野剛志『レジーム・チェンジ――恐慌を突破する逆転の発想』(NHK出版新書、2012年)である。
レジーム・チェンジ―恐慌を突破する逆転の発想 (NHK出版新書 373)
内容の大半は、これまで中野自身の著書(例1例2)を含む各種の經濟本でいやといふほど繰り返されてきたデフレや市場經濟にたいする的外れな非難である。たとへば「デフレによる不況は、通常の景気循環による不況と違って『底を打つ』ことがありません」(36頁)といふ。そんなことはない。不況がなかなか終はらないのは、物價が下がるからではなく、むしろ政府の規制や金融緩和によつて物價が十分に下がらないためだ。

一例をあげれば、書名の由來にもなつた「政策レジーム(枠組み)」といふ概念を提示した經濟學者ピーター・テミン自身が、アメリカ1839年恐慌(1839-43年)と大恐慌(1929-33年)を比較し次のやうな事實を明らかにしてゐる。1839年恐慌は卸賣物價の下落率が42パーセントにも達し、大恐慌(31パーセント)を上囘る嚴しいデフレだつた。ところが實質國内總生産は16パーセント増加(大恐慌は30パーセント減少)、實質消費は21パーセント増加(同19パーセント減少)で、實物經濟は短期間で恢復し成長に復歸した。政府によつて物の價格や賃金が人爲的につり上げられた大恐慌時と異なり、物價が柔軟に下落したため、生産活動や生活水準への惡影響がなかつたのだらうとテミンは示唆してゐる(テミンの研究はマレー・ロスバードの次の本を參照。Murray N. Rothbard, A History of Money and Banking in the United States, p.103)。

世間に流布する神話と異なり、大恐慌時の大統領フーヴァーは自由放任主義者などではなく、企業に賃金引き下げの「自肅」を要請するなど經濟への介入を積極的におこなつた。その結果、本來ならもつと輕くて濟むはずだつた不況を深刻にしてしまつたのである。またカリフォルニア大學ロサンゼルス校教授のリー・オハニアンらが明らかにしたやうに、後任のフランクリン・ローズヴェルトニューディールといふ同樣の介入政策で不況をさらに長引かせた。中野は神話を無批判に受け入れ、「インフレ・レジーム」への轉換を訴へるが、そもそも「インフレ・レジーム」が大恐慌を終はらせたといふ認識そのものが誤つてゐるのである。

だが中野の本がリフレ主義の危ふさを示す極めつけであるといふ理由は、別のところにある。本書の締めくくり近くで中野はかう書く。

金融緩和によって大量に供給されたマネーが、貯蓄や投機、あるいは海外市場にではなく、確実に国内の投資や消費、特に国民が真に必要としている分野に向かうように、コントロールしなければなりません。そのコントロールを可能にするのは、政府による公共投資や規制です。そして、その政府の意思決定を左右するのは、政治です。経済における資源の配分を市場にゆだねるのではなく、「政治化」しなければならないのです。(189頁、強調は原文のまま)

本家リフレ派ともいふべき岩田規久男高橋洋一らは、積極的な金融緩和政策を主張する一方で、他の經濟分野はおおむね市場にゆだねるといふスタンスをとつてきた。しかし中野が指摘するやうに、人々の將來豫想や期待に影響を與へてデフレを脱却するためには「単に金融政策を変更するだけではなく、財政政策、社会政策、産業政策なども含めて体系的に、政策レジームを大々的に変更する必要」(同頁)がある。そのためには市場にゆだねるなどと悠長なことはいつてゐられない。國家が經濟全般を「コントロール」しなければならない。「恐慌を克服するためには中央集権的な権力が必要」(215頁)なのだ。
デフレの神話――リバタリアンの書評集 2010-12〈経済編〉 (自由叢書)
リフレ主義は市場經濟の否定と中央集權的な國家主義に行き着く。その論理的歸結をあからさまに示した點で、『レジーム・チェンジ』は極めつけのリフレ本なのである。
(「『小さな政府』を語ろう」でも公開)