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死刑免除は遺言で決めよ

刑事法學の大御所で、元東大教授の團藤重光(だんどう・しげみつ)が先週九十八歳で死去した最高裁判事も務めた團藤は、死刑制度廢止を強く主張したことで知られる。しかし死刑を廢止するにせよ、維持するにせよ、政府が畫一的に決めれば、反對意見を持つ人々には不滿が殘つてしまふ。もつと賢明な解決法があるので、提案したい。
死刑廃止論
その前に、死刑そのものが適正な刑罰かどうかを確認しておかう。團藤は生前のインタビューで、死刑に反對する理由の一つとして「生命は天の与えたもの、人間が決して作り出すことができないもので、これを人が奪うことは決して許されません」と述べた。しかしこれは誤りである。その證據に、たとへば正當防衞であれば人を殺しても罪には問はれない

つまり人を殺すことが許されないかどうかは、前後の状況に照らして判斷すべきであり、状況によつては許されるのである。もしある者が他人の生命を正當な理由なく奪つたならば、報復として死刑にすることは正義にかなひ、適切だと言はなければならない。

また團藤は刑罰の本質論からも死刑に反對する。いま述べたやうな、刑罰の本質とは犯罪に對する報復であるとする考へを「應報刑論」といふが、現代の刑法學者の多くは、應報刑論は人間の野蠻な復讐心の名殘だと考へてゐる。そして刑罰の目的を犯人の社会復歸のための教育であるとする、進歩的な「教育刑論」を支持する。この考へによれば、死刑は心を入れ替へるべき犯人自身を殺してしまふので、教育として意味がない。團藤は、死刑は犯人の「悔悟による変化、矯正の可能性」をすべて奪つてしまふと批判した。

しかしこの批判も誤りである。もし刑罰が報復でなく教育のためにあるとしたら、すべての刑は不定期刑でなければならなくなる。なぜなら教育にかかる時間は事前にわからないからだ。なほかつリバタリアンの思想家、マレー・ロスバードが指摘するやうに、大量殺人者であつても教育に成功したと判斷されれば三週間で釋放され、一方で、わづかな盜みを犯した者も教育が不十分とみなされれば一生刑務所に閉ぢ込められる(『自由の倫理学』110-111頁)。これは明らかに不合理だらう。
自由の倫理学―リバタリアニズムの理論体系
個々のケースで情状酌量の餘地はあるかもしれないが、原則として、殺人に對する死刑は適正だといへる。さて、私の提案はここからである。(註1)

さきほど述べたやうに、刑罰の本質は報復である。では誰のための報復か。それは國家や社會ではなく、被害者個人のための報復でなければならない。犯罪によつて被害を受けるのはあくまでも實在する個人だからである。言ひ換へれば、犯人を罰することは被害者の權利でなければならない。そして、もし罰することが被害者の權利ならば、その權利を抛棄する自由もあるはずである。

死刑の場合、被害者本人は死亡してしまつてゐるので、罰する權利は、他の財産と同じく、相續人(たいていは遺族)が引き繼ぐ。もし被害者が死刑に反對で、自分が殺されても犯人を死刑にしないやうにと遺言してゐたら、相續人は通常の遺言と同じく、その遺志にしたがひ、死刑にする權利を抛棄しなければならない。逆に故人の遺志が死刑執行だつた場合、相續人の獨斷で死刑を免除することはできない。

そしていづれの場合も、政府は被害者の遺志に反する刑の執行や免除を命じてはならない。政府は司法サービスの供給者として、利用者である納税者の要望にあくまでも忠實であるべきだからである。以上のやうな制度改革が實現すれば、死刑反對論者と肯定論者との間の不毛な論爭はなくなり、どちらも自分の信條にかなつた刑のあり方に滿足できるだらう。

もちろんこれだけでは十分でない。最大の懸念は、冤罪である。最近も東電OL殺人事件で再審開始が決まつたが、警察、檢察、裁判所の過去の「實績」をみるかぎり、無實の人間が殺人犯として政府によつて死刑にされる恐れは決して小さいと言へない。

團藤重光も死刑反對のもう一つの理由として、「誤判の問題」を強調してゐる。これだけは説得力があると私は思ふ。團藤は最高裁判事として、政府の司法能力の乏しさを身をもつて感じたのだ。しかしこの問題は死刑を廢止しても解決できない。刑罰の權限そのものを不效率な政府の獨占から解き放ち、より優れた能力を持つ民間の司法サービスを構築しなければならない。(註2)
無政府社会と法の進化―アナルコキャピタリズムの是非
(註1)私の提案は、ロスバードの "The Libertarian Position on Capital Punishment"にもとづく。
(註2)民間による司法サービスが可能かどうか、その能力は政府より優れてゐるかどうかについてここで論じる餘裕はないが、たとへば蔵研也『無政府社会と法の進化――アナルコキャピタリズムの是非』(木鐸社、2007年)が參考になる。
(「『小さな政府』を語ろう」でも公開)