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戰爭は國家の健康

公開中のフィンランド獨豪合作映畫『アイアン・スカイ』(ティモ・ヴオレンソラ監督)は、月に潛んでゐたナチスドイツの殘黨が地球に襲來するといふ奇想天外な物語である。この映畫のすばらしさは、單純にナチスを惡玉、米國を中心とする地球側の諸國家を善玉と色分けせず、多くの國家に共通する邪惡な習性を描いたところにある。その習性とは、無用な戰爭を好むことである。
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時は2018年。再選を控へた米國の女性大統領は國民の人氣を盛り上げようと、約五十年ぶりに有人探査船を月に送り込む。着陸した黒人宇宙飛行士が發見したのは、鉤十字をかたどつたナチスの巨大祕密基地だつた。第二次世界大戰で敗北したナチスの殘黨は、密かに開發してゐた宇宙船で月に逃亡し、雪辱を果たすため着々と軍備を整へてゐたのだつた。ナチス軍は強大な宇宙艦隊を率ゐて、つひに地球に襲ひかかる。

ナチス軍は米國でも無差別攻撃をしかけ、各地でパニックを引き起こす。ところがこれをテレビニュースで見た大統領は、滿面の笑みを浮かべ、選舉參謀にかうまくし立てる。「素晴らしいわ、ほんとに。だって、これであたしの再選はもう絶対確実なのよ! 知ってると思うけど、一期目で戦争を始めた大統領が、再選されなかった試しはないんだもの」(引用は高橋ヨシキによる小説版=竹書房文庫=より)

大統領は、襲つてきたのがナチスだと知らされ、さらに大喜びする。「願ったりかなったりだわ。だって考えてもみてよ、これまで戦争した相手で、アメリカがまともに倒したことがあるのはナチだけでしょ?」「こんな機会がまた訪れるなんて! 主よ、感謝します!」

もし大統領があくまで防衞に徹する考へであれば、戰爭を選舉に利用する下心があるにせよ、これほど惡意に滿ちた描き方をするのは氣の毒だらう。しかしさうではない。第一に、大統領はかうも發言してゐる。「あたしも考えてたよのね、どこと戦争始めたら一番いいのかって。目ぼしいところがあんまり残ってなかったし」。選舉に勝つために、何か口實をまうけて他國を攻撃する腹だつたのである。これでは地球を侵掠するナチスと變はらない。

第二に、反撃に轉じた米軍はナチスの月面要塞に核攻撃をおこなふ。これは明らかに防衞の範圍を逸脱してゐる。核ミサイル發射を命じる元選舉參謀の女指揮官を、部下は「要塞には女子供もいるはずです」と思ひとどまらせようとするが、指揮官は「アメリカ合衆国は、テロリストとは交渉しないの!」とはねつけ、かうつぶやく。「ナチの命なんて、知ったこっちゃないわよ」。核ミサイルは要塞を破壞し、内部には燒け焦げて男女の區別もつかない屍躰が折り重なる。

もちろんナチス側も地球で無差別攻撃を行なつてゐるから、非戰鬪員の市民を殺戮した點では同罪である。しかし敵國が自國の市民を殺戮したからといつて、敵國の市民を殺戮してよいといふことにはならない。そんなことは、隣家の住人から自分の妻や子供を殺されたからといつて、犯人の罪のない妻や子供を殺してよいわけではないことを考へれば、明らかなはずである。ところが國家間の話になると、人間はしばしばこの道理を忘れてしまふ。

國家の側も、市民に正しい道理を思ひ出させまいとする。政治家や官僚は、人々が愛着を抱いて暮らす「國」と、政治主體にすぎない「國家」を意圖的に混同し、國家の意思決定機關である政府に對し、絶對の服從を誓はせる。從はない者は「非國民」として彈壓する。そして外國人をひとくくりに憎むやう仕向ける。平和な時期にはそこまであからさまなことはできないが、戰爭になれば、それが可能になる。

米國の第一次世界大戰參加や、それを支持する進歩派智識人たちを嚴しく批判したジャーナリスト、ランドルフ・ボーンは次のやうに、「戰爭は國家の健康である(War is the health of the State. )」といふ有名な言葉を遺した

戰爭は國家の健康である。戰爭になると、社會全體に抗ひがたい力が働き始め、人々は畫一化され、政府への協力に夢中になる。群集心理(herd sense)に染まらない少數派や個人に服從を強ひる。……戰爭は國家の健康である。戰爭にならない限り、國家崇拜者(State lover)がつねに理想としてきた國民感情の一體化、單純で無批判な愛國的な獻身、一致協力した奉仕は、現代社會で機能しない。

ボーンが警戒した市民の國家への盲從は、『アイアン・スカイ』で諷刺たつぷりに表現されてゐる。地球攻撃が始まる前のことだが、ナチスの若き女性科學者、レナーテが米大統領の前でナチス思想に彩られた演説を披露し、ナチス式敬禮をしながらかう締めくくる。「心はひとつ、進む道もひとつ。一つの国家のため、いまこそ我々は、誇りを持って手を掲げ、一列になって進んで行こうではありませんか!」。まさにボーンの言ふ「畫一化」「國民感情の一體化」の呼びかけである。

ところが大統領はこの演説をすつかり氣に入り、なんと大統領選でそのまま繰り返して使ひ始める。〈心はひとつ 進む道はひとつ〉〈真実が人民をひとつに結びつける〉といつたキャッチコピーがメディアを埋め盡くす。市民は熱狂し、支持率はうなぎ登りとなる。

米國民がナチの演説に熱狂するとは、ハリウッド映畫ではまづやれないブラックジョークだらう。しかしこのエピソードが語るとほり、ナショナリズムを煽り、人々を操らうとする國家の習性は、程度の差はあれ、世界(宇宙?)共通だし、そこで用ゐられるレトリックもまた似たり寄つたりなのである。

シナや韓國との領土問題をきつかけに、核武裝を唱へたり、經濟的・文化的交流を斷てと主張したりするナショナリスティックな聲が強まつてゐる。そんな聲に惑はされさうになつたら、『アイアン・スカイ』を觀て頭を冷やさう。
(「『小さな政府』を語ろう」でも公開)