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見失はれた爭點

米國大統領選で、民主黨のバラク・オバマが共和黨のミット・ロムニーを破り、再選された。各種メディアは、「大きな政府」を是とするオバマが「小さな政府」を指向するとされるロムニーを破つたことで、米國や世界にどのやうな影響を及ぼすかあれこれ豫想する言論に溢れてゐる。しかしそれらはどれも的外れである。現在の民主黨と共和黨の政策に本質的な違ひなどない。それをさも大きな違ひのやうに騒ぎ立てれば、本當に重要な爭點から人々の目を逸らすことになる。
超大国の自殺――アメリカは、二〇二五年まで生き延びるか?――
民主黨が「大きな政府」を好むといふのは正しい(ただし傳統的にさうだつたといふ解説は誤り。民主黨はジェファーソンによる創設以來、二十世紀初め頃まで「小さな政府」を擁護する代表的政黨だつた)。だが共和黨が「小さな政府」を支持するといふのは、現在ではほとんど根據のない神話にすぎない。

たしかにロムニーは社會保障費の削減や減税など、一見「小さな政府」を目指す公約を掲げた。しかしそれはオバマの前任者である共和黨のジョージ・ブッシュ(子)も同じだつた。實際にはブッシュは就任後、經濟政策に限つても、聯邦準備制度を通じて人爲的に大量のマネーをばらまいて住宅市場にバブルをもたらし、歴史的な金融危機を招いたうへ、經營難に陷つた大手金融機關を税金で救濟した。

それに劣らないのは軍事・公安面である。同時多發テロを口實に軍事支出を大幅に増やし、中東や中央アジアに軍事介入する一方、國内では愛國者法を制定して言論の自由や通信の祕密を侵害した。ブッシュを批判して當選したはずのオバマも、この路線を蹈襲してゐる。イラクアフガニスタンからは軍の撤退を表明したものの、パキスタンで無人航空機による爆撃を始め、リビアに戰爭を仕掛けた。愛國者法に基づく盜聽は、やめるどころか擴大してゐる。敗れたロムニーも軍事力の強化を唱へてゐた。

米國の優れた言論人は、政治的立場は異なつても、メディアが描く構圖に惑はされず、二大政黨の對立劇が茶番にすぎないことを見拔いてゐる。さうした言論人を三人舉げれば、一人は言語學者で、左翼の論客としても名高いノーム・チョムスキーである。近著『アメリカを占拠せよ!』(松本剛史譯、ちくま新書)ではかう語る。「民主党は……共和党とほぼ同じ道をたどろうとしています。現在の民主党を実質的に動かしている穏健派の議員たちは、一世代前の穏健派の共和党員とほとんど変わりません」(110頁)

もう一人は共和黨下院議員で、大統領選豫備選に出馬したリバタリアンロン・ポールである。大統領選結果判明の直前、テレビのインタビューで「この二人の候補者たちの間には、そんなに違いが無い」と述べたうへで、「〔選舉結果が〕極めて重要なものとなるというふうには見ていません」と答へてゐる

そしてもう一人が、今囘特に紹介したい保守主義者の政治評論家、パトリック・ブキャナンである。かつて歴代共和黨政權の顧問を務め、自身も共和黨候補として大統領選豫備選に出た經驗を持つが、先日邦譯が出た『超大国の自殺――アメリカは、二〇二五年まで生き延びるか?』(河内隆弥譯、幻冬舎)では、古巣の共和黨を民主黨とひとまとめにして、現在の兩黨に共通する介入主義的な外交政策を嚴しく批判してゐる。

ブキャナンはブッシュ父子、クリントンオバマらが中東や中央アジア、東歐、アフリカなどで繰り廣げた軍事介入を列舉し、かう問ひかける。「否応なしのこういう干渉主義はアメリカの何の得になるというのだろうか?」「われわれは一九九一年にくらべて、より安全でなくなり、より尊敬されなくなり、より信頼を失い、より力がなくなる。それで世のなかはより良くなったのでしょうかね?」(463頁)。とりわけイラクアフガニスタンでの戰爭は、米國を衰頽に向かはせる第一の原因として指彈する。

介入主義者は、海外での軍事介入は米國を安全にするために必要だと主張する。ブキャナンは反論する。「アフガン人も、イラク人も、ソマリア人も、イエメン人も、ヒズボラとかハマスのメンバーも、かつて―国内で、われわれを攻撃したことはない。9・11は、すぐれて、サウジのオサマが送りこんだ十五名のサウジ・アラビア人の仕業だった」(478頁)

だがテロリストは米國が信じる自由と民主主義を憎むから、米國を攻撃したのではないのか。ブキャナンはこれを否定する。「われわれはわれわれを攻撃するものの動機を読み誤った。かれらはアメリカ憲法を嫌うとか、オクラホマにシャリア〔イスラム教の戒律〕を押しつけるためにわれわれを殺そうと思ったのではない。かれらがここへ来たのは、われわれがかれらのところへ行ったからである。かれらがわれわれを殺しにわが国へやって来たのは、われわれがかれらのところから出て行こうとはしなかったからである……テロリズムは帝国維持の代償だった」(480頁)

さうだとすれば、米國民がこれ以上テロの犠牲とならないために、なすべきことは軍事介入の見直ししかない。「冷戦が終わったときに帝国の清算が図られるべきだった。いまや財政赤字債務危機によってその清算がせまられている」(471頁)。そしてブキャナンはロン・ポールと同じく、NATO北大西洋條約機構)からの脱退、イラク、アフガンをはじめとする軍事・内政介入の中止とともに、沖繩を含む日本と韓國からの軍撤退を主張する。

以上をブキャナンを知らない人が讀めば、極左といはれる反戰主義者のチョムスキーと區別がつかず、戸惑ふことだらう。しかしブキャナンの主張は、建國の父であるワシントンやジェファーソンらが唱へた不干渉主義を忠實に踏まへたものである。軍事介入を主唱してきたネオコン新保守主義者)よりも、はるかに保守主義者の名にふさはしい。「保守主義者=タカ派」といふのもメディアが作り出した一面的な虚像にすぎない。

『超大国の自殺』には、自由貿易を否定したり、特定の宗教による國民の統合を過度に強調したりと賛成しかねる部分もあるが、現代國際政治の眞の爭點を見失はないために有益な書である。
(「『小さな政府』を語ろう」でも公開)