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ハイパーインフレが起こるとき

經濟

日銀にインフレ(物價上昇)目標設定を要求する安倍政權が發足したことで、言論界の一部ではインフレへの警戒心が高まり、ハイパーインフレ(急激な物價上昇)の發生を警告する聲さへある。これに對し、日本はデフレ(物價下落)に苦しんでゐるのだから、心配は時期尚早だと反論する向きもあらう。だがそのやうにインフレへの心配は無用といふ心理が社會に廣がつたときこそ、ハイパーインフレは起こりやすくなる。一昨年刊行されたアダム・ファーガソンハイパーインフレの悪夢――ドイツ「国家破綻の歴史」は警告する』(黒輪篤嗣・桐谷知未譯、新潮社)を讀むと、それがよくわかる。
ハイパーインフレの悪夢
この本で描かれるのは、第一次世界大戰後のドイツを襲つた有名なハイパーインフレである。戰爭で息子を失つた夫婦が、生活のために蓄へてゐたカネまで無價値になり、自殺に追ひ込まれた話(109頁)や、買ひ物客がカネを入れて運んでゐたかごやスーツケースを泥棒に盜まれたが、中身のカネは地面に放り出されてゐたといふ話(179頁)など、異常な物價高にまつはる悲喜劇は一般の歴史書でもよく觸れられるので、割愛しよう。ここでぜひ紹介したいのは、ハイパーインフレの原因の眞相である。

よく語られる説は、ドイツがヴェルサイユ條約で要求された巨額の賠償金を支拂ふため、紙幣を大量に發行し、それが急激なインフレを招いたといふものだ。しかしこれは正確ではない。なぜなら「インフレ率は賠償金が問題になるずっと前から桁外れだった」(301頁)からである。その理由は、戰時中、戰費を調達する都合上、中央銀行であるドイツ帝國銀行(ライヒスバンク)が短期國債を裏附けに紙幣を發行できるやう制度が變更され、大幅な金融緩和が實施されたことにある。

さらに重大なのは、終戰後も、別の理由から金融緩和が續けられたことである。これには政府、勞働組合、産業界、中央銀行それぞれが關係してゐた。

まづ政府と勞組である。終戰後しばらく、ドイツの産業界はマルク安のおかげで輸出が有利になり、大幅に業績を伸ばした。ところが最終的な賠償額が合意に達しかけたのをきつかけにマルクが一時上昇すると、企業業績の惡化から失業率が一氣に上がり、1920年夏には六パーセントに達する。「以後、政府、労働組合ともに、マルクを犠牲にしてでも完全雇用を目指すようになった」(61頁)。つまり金融緩和を求めた。とくに政治家は「通貨が少しでも不足すれば、たちまち社会不安が起こると……考えた」(102頁)。

産業界も同じだった。「有力な産業資本家の多くは、為替相場の継続的な下落によってのみ、ドイツは中立的な市場で競争力を保てるという乱暴な考えを捨てなかった。目先の利益さえ得られればいいという姿勢だった」(102頁)。ドイツ一の富豪で産業界隨一の實力者フーゴー・シュティンネスに言はせると、「インフレは完全雇用を保証する手段であり、望ましいどころか、思いやりのある政府が取り得る唯一の政策」(106頁)だつた。シュティンネスは「国民の生活を維持するためには、それ以外に方法はないとまで言いきった」。

ライヒスバンク總裁のルドルフ・ハーフェンシュタインも、基本的に産業界と同じ考へを抱いてゐた。當時の英外交官の言葉を借りれば、「壊滅的な影響をもたらすとは夢にも思わず、喜び勇んで〔紙幣の〕印刷機のハンドルを回した」(同)。

もう一つ加へるとすれば、報道機關だらう。國内經濟紙は、ライヒスバンクによる金融緩和について「批判的には報じなかった」(同)。それどころか、積極的に後押しした新聞もあつた。有力金融紙ベルリナー・ベルゼン・クーリエ(ベルリン株式新報)はかう論陣を張つた。

今の状況では、通貨の減価そのものより、金〔かね〕が不足することのほうが、悪影響をもたらす。……紙幣の量が現在の3倍に増えても、通貨の安定のさしたる障害にはならないだろう。/それまでは、紙幣を印刷しよう!(122頁)

このやうに、社會の有力者層が國内景氣を支へるためインフレを許容し、歡迎するムードを廣めたことが、ハイパーインフレをもたらす素地になつたのである。「1920年、21年、22年と日々が過ぎるあいだ、つけ払いは先延ばしにされた。予期されるインフレの影響がいっそう恐ろしくなるにつれ、延期はいっそう(むずかしくではなく)たやすくなった」(305頁)。賠償金の支拂ひはこれを増幅させたにすぎない。

いまの日本で、インフレ賛成論者の多くは「目標値を超える大幅なインフレになったら、そこで金融を引き締めればよい」と主張する。だが政治的に決定された目標は、いつでも政治的に變更されうる。政治家にとつてインフレ目標値といふルールは、景氣を一時的にでも良くして有權者の人氣を集める手段にすぎないのだから、物價上昇率が目標値に達しても、景氣が良くならなければ、ルールそのものを變更する議論が勢ひを増すのは目に見えてゐる。かつてのドイツと同じやうに、政治家たちは「継続的なインフレのせいで生じている明らかに危険な状況は、見えていないか、無視」(102頁)することだらう。

ドイツのハイパーインフレは、ある日突然起こつたのではない。1923年末、マルクは第一次大戰勃發前夜の一兆分の一まで値下がりし、紙くず同然となるが、さうなるまでにはおよそ十年の時間がかかつた。「下落の始まりは、ゆるやかだった」(26頁)のである。心配するのに早すぎることはない。

(「『小さな政府』を語ろう」「Libertarian Forum Japan」でも公開)