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デフレより怖いリフレ

經濟

經濟學者のほとんどは、デフレ(物價全般の低下)は經濟に惡影響を及ぼすと主張する。そしてその多くは、二―三パーセントのインフレ(物價全般の上昇)に戻す政策を提言する。これをリフレ政策と呼び、そのおもな手段は積極的な金融緩和である。だが以前も書いたやうに、デフレが惡とは迷信にすぎない。むしろリフレ政策こそ長い目で經濟を疲弊させ、人々の生活を苦しくする。
アメリカは日本経済の復活を知っている
リフレ政策を強く主張する浜田宏一エール大名譽教授は、安倍晋三内閣の内閣官房參與に拔擢され、注目を浴びてゐる。浜田の發言は金融市場で圓安・株高の材料にもなつてをり、世間にはリフレが日本經濟を救ふと期待するムードもある。しかしリフレ政策は短期で經濟に好影響をもたらすやうに見えても、長期では害惡が大きい。浜田が年初に上梓した『アメリカは日本経済の復活を知っている』(講談社)を讀むと、リフレ政策を支へる論理のをかしさと危ふさがわかる。二點だけ指摘しよう。
 

第一に、經濟成長とインフレの關係である。浜田は「世界経済の奇跡といわれる日本の高度成長は、緩やかなインフレとともに達成された」(30頁)と強調する。しかし2004年に米ミネアポリス連銀のエコノミスト二人が日米歐十七カ國について、少なくとも過去百年のデータを調べたところ、デフレ期の九十パーセント近くが不況でなかつた。デフレと不況の間にはほとんど何の關係もないどころか、むしろデフレ期は不況より好況の場合が多く、不況期はデフレよりインフレの場合が多かつたのである。
そもそもデフレには二つの要因があるが、どちらも經濟にとつて害惡ではない。一つは技術革新と生産性向上によつて商品・サービスの供給量が増えることである。これが人々を經濟的に豐かにすることはいふまでもなく、浜田も問題視はしてはゐない。問題視するのはもう一つの、カネ(現預金)の供給量が減ることである。しかしこれは、それに先立つて過剩に膨らんだカネの量が調整される過程である。カネの量を無理に増やさうとすれば、景氣を一時刺戟するかもしれないが、結局調整を長引かせるだけだ。
第二に、インフレに齒止めがかからなくなる可能性である。日銀が金融緩和を進めてゆくとやがてハイパーインフレになるのではないかとの批判にたいし、浜田は「すぐにハイパー・インフレになることはない。だから心配する必要はない」(65頁)と反論する。マイナスの物價上昇率が無限大のプラスになるには、かならずゼロを通過する。だから「そう〔物價上昇率がゼロに〕なってから考えればいい」といふ。
しかしこれは樂觀的すぎる。政府は日銀と二パーセントのインフレ目標設定で大筋合意したと報じられてゐるが、もしその景氣刺戟效果に不滿なら、合意を反故にし、露骨な介入に乘り出すおそれは十分ある。慶大教授の櫻川昌哉は「危惧されるのは、日銀法改正をちらつかせながら、日銀を政府に従属させようとする政治的手法と、政策手段を日銀から実質的に取り上げて中銀の独立性を形骸化させるのではないかという点だ」と指摘し、かうつづける。「人々がもはや物価を決めるのは日銀ではなく、政府だと認識するようになれば……放漫な財政を反映して物価は一気に上昇するかもしれない。デフレのうちはインフレの心配をする必要がないと考えるのは誤りで、デフレから急に悪性インフレに陥る危険性は理論的にはあり得る」(1月17日附日本経済新聞
デフレの神話――リバタリアンの書評集 2010-12〈経済編〉 (自由叢書)
少數派のオーストリア學派に屬した經濟學者ハイエクは「デフレ過程を逆転させること〔=リフレ〕によって、永遠の繁栄をふたたび手にしうると期待することは明らかに虚しい」(古賀勝次郎他譯『ハイエク全集I-1』、5頁)と斷じてゐる。日本の經濟學會はかならずしも浜田のリフレ案を支持する意見ばかりではないやうだが、デフレを惡ときめつける點では大同小異だ。デフレが惡といふ迷信から醒めないかぎり、日本經濟が復活することはない。

(「『小さな政府』を語ろう」「Libertarian Forum Japan」に轉載)