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マクロ經濟學のウソ

大規模な金融緩和や財政出動を柱とする安倍晋三政權の「アベノミクス」は海外でも賛否兩論だが、最も舌鋒鋭く批判した一人は、米國の經濟評論家ピーター・シフだらう。シフは1月のテレビインタビューでかう語つた。「日本にこれ以上のインフレは必要ありません。ほんとうに必要なのは、円と金利の上昇です。経済を再構築させ、政府を小さくしなければなりません。ところが日本はそうせずに、過去二十年失敗した政策をさらに積み重ねようとしています」

投資アドバイザーが本業のシフは、2008年の經濟危機を豫言したことで有名になり、リバタリアンの元下院議員ロン・ポールの經濟顧問も務めた。學者ではないが、その主張は明確な理論に支へられてゐる。弟アンドリュー・シフとの共著『なぜ政府は信頼できないのか――寓話で学ぶ経済の仕組み』(酒井泰介譯、東洋経済新報社、2011年)を讀むと、それがよくわかる。
なぜ政府は信頼できないのか
シフはこの一世紀あまり、研究者たちがすばらしい科學的知見を人類にもたらしたにもかかはらず、一つだけ例外があると言ふ。經濟學である。

2008年に經濟危機が始まる直前まで、悲劇が差し迫つてゐることに氣づいてゐた經濟專門家は、シフ自身を含むごく少數を除いて、ゐないも同然だつた。シフは經濟學者の無能ぶりを痛烈に皮肉る。「もしNASA〔米航空宇宙局〕の技術者たちの予測能力が当代一流の経済専門家並みだったとしら、土星探索機のカッシーニは、おそらく土星の軌道に乗れなかったばかりか、離昇時にまっさかさまに反転し、マグマの中まで突き進んでから大破したに違いない」(1頁)

しかも危機が起こつて數年經つた今も、經濟學者が書く處方箋は、債務危機の解決のためにさらなる債務を抱へ込めと言ふかと思へば、繁榮を續けたければもつとお金を使へと勸めるなど「腑に落ちないもの」(2頁)ばかりである。

なぜ經濟學は信頼できないのか。それは、二十世紀前半に活躍した英國の經濟學者ジョン・メイナード・ケインズの學説を受け入れてゐるからだとシフは指摘する。そして、ケインズ流の經濟介入政策を批判し自由な市場經濟を擁護するオーストリア學派經濟學の知見に基づき、現代マクロ經濟學の誤りを暴いてゆく。三點紹介しよう。

第一の誤りは、需要ばかりを重視し、生産を輕視する傾向である。現代のたいていの經濟專門家はケインズの有效需要説を信奉し、人々にもつと所得を與へれば、需要がもつと増え、經濟の繁榮につながると考へる。だがこれは誤りである。「人々にお金を与えても、本当の需要は変わりません。変わるのは、すでに生み出された商品に支払う額だけです」(29頁)。必要なのは供給である。「供給を増やすことによつてのみ、人々は多くの欲求を滿たせるのです」

シフは島を舞臺とする寓話に基づき説明する。島に住む三人の男は長年、素手で一日に一匹の魚しか獲ることができなかつたが、網を作つたおかげで、一日に一匹以上の魚を食べられるやうになつた。このやうに經濟が發展したのは「彼らがもっと多くの魚を食べるようになったからではありません。経済が発展したから、余計に食べられるようになったのです」。需要は經濟發展を促すために必要だが、それだけでは足りない。生産を増やすことが缺かせないのである。

第二は、デフレ惡玉論である。デフレとは物價全般が下がつてゆく現象で、現在の日本でも多くの經濟專門家や政治家から問題視されてゐる。少しでもデフレの氣配が見えれば、政府は政策を發動して、物價を元通りに押し戻さうとする。しかし、とシフは問ひかける。「物価が下がって何が悪いというのでしょう?」(63頁)
デフレの神話――リバタリアンの書評集 2010-12〈経済編〉 (自由叢書)
經濟專門家は、物價が下落し續ければ、人々は物を買ふのを先延ばしにし、企業も投資をしなくなり、勞働者は職を失ひ、經濟的な暗黒時代に逆戻りするとおどかす。だが「繰り返し実証されているように、物価の下落は特定の産業を衰退させたりはしません」(64頁)。

米國では1700年代後半から1913年にかけ、百五十年間も物價が下がり續けてゐた。經濟の生産性が向上し、物の供給量がお金の供給量を上囘る勢ひで増えたためである。しかしこの間の米國は、暗黒時代どころか、世界史でも最高水準の經濟擴張を遂げた。經濟專門家のもつともらしい主張とは逆に、デフレは消費者にも經濟全體にも恩恵をもたらす。物價安を喜ぶ庶民感覺は正しいのである。

第三は、政府のいはゆる不況對策である。寓話の島に住宅ブームが訪れるが、やがてバブルは彈け、深刻な不況が襲ふ。政府は低水準の金利をさらに引き下げ、家を買ふ際の免税措置を擴大することで、住宅價格に齒止めをかけようとする。これをシフは痛罵する。「島民にとって、これ以上住宅を買うなど愚の骨頂です。すでに家は、余っているのです。もっと家を買わせようとしてどんな苦労や資源を投入しても、どぶに捨てるも同然です」(175頁)

住宅價格はまだ高すぎる。バブル時は政府の低金利政策と免税措置によつて不自然な高値がついてゐたにすぎず、その價格下落を食ひ止めようとするのは「橋脚が折れてしまった橋の崩落を阻止しようとするようなものです」。

それでは、政府は何をすればよいのか。何もしないのが一番よい。シフは言ふ。「島の経済は実際、住宅建設をそっくりやめてしまい、住宅価格が下落して本物の需要が回復するのを待ったほうがよいのです。こうすれば住宅に割く金は減り、経済に欠けているものに金が回るのです」

人々が本當に欲しがつてゐないものを政府の政策で無理やり買はせようとしても、長續きしない。經濟が立ち直るには、物の値段や金利水準を自然に落ち着くところまで落ち着かせ、不自然に歪んでゐた資源の配分を修正しなければならない。シフがテレビインタビューで語つた言葉を借りれば、經濟の「再構築」である。もし政府が不況對策と稱して經濟に介入すれば、資源の自然な再配分を妨げ、經濟の眞の恢復を遲らせてしまふ。

シフの處方箋を一言で言へば、自由放任の勸めである。この考へは、ケインズ流の介入思想が支配する現代では、すこぶる評判が惡い。しかし樂しいイラストを交へ、やさしい言葉で書かれた本書を讀めば、日本のアベノミクスを含め、政府の介入政策こそ經濟を痛めつけ、停滯を長引かせる元兇だと理解できるはずだ。
(「『小さな政府』を語ろう」「Libertarian Forum Japan」に轉載)

筆者の本

デフレの神話――リバタリアンの書評集 2010-12〈経済編〉 (自由叢書)

デフレの神話――リバタリアンの書評集 2010-12〈経済編〉 (自由叢書)