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「資本主義は不安定」のウソ

市場と國家

資本主義を批判する論者はしばしば、「經濟危機が起こるのは資本主義が本質的に不安定だから」と主張する。しかしそれは間違つてゐる。資本主義に不安定なところはない。經濟危機が起こるのは、資本主義のせゐではなく、政府が資本主義に介入するからである。
貨幣論 (ちくま学芸文庫)
二十年間にわたるロングセラー、岩井克人貨幣論』(單行本は1993年、ちくま学芸文庫版は1998年刊行。以下、引用は文庫版より)でも、この間違つた主張が繰り返されてゐる。岩井は「資本主義の底流」には「本質的な不安定性」があると述べる(237頁)。ただしその不安定性がもたらす「真の危機」(10頁)は、マルクスが資本主義を滅ぼすと主張した恐慌ではなく、ハイパーインフレーションだといふのが、岩井の主張の眼目である。

岩井によれば、恐慌は、人々が商品よりも貨幣、つまりカネをほしがる(その結果、物價が下落する)ことによつて引き起こされる。最近の言葉に言ひ換へれば、デフレ不況だらう。これとは反對にハイパーインフレーションは、人々が貨幣よりも商品を極端にほしがる(その結果、物價が急上昇する)ことによつて引き起こされる。

それではなぜ、ハイパーインフレーションは資本主義にとつて「真の危機」なのか。岩井によれば、それは「貨幣が貨幣であることの根拠そのものが疑問に付され、その結果として貨幣の媒介によって維持されている商品世界そのものが解体してしまう」(187頁)からである。

ここまでの岩井の主張には、ある程度同意できなくもない。しかしここからが問題である。岩井は、資本主義社會における貨幣はもともと、その根據にいつ疑問をもたれてもをかしくないといふ議論を、次のやうに展開する。

資本主義においては、貨幣單位を刻印された銅や鐵や鉛やアルミニウムといつた安つぽい金屬のかけらでも、貨幣單位を印刷されたなんの役に立たない一枚の紙切れでも、さらにはコンピューターの記憶裝置に電磁氣的に書き込まれた貨幣單位の情報コードでも、貨幣として社會的に認められてゐさへすれば貨幣としての機能を果たす。金屬のかけらや紙切れや電磁氣的なパルスといつた、それ自體はなんの商品的な價値をもつてゐないモノが、貨幣として流通することによつて、モノを超える價値をもつやうになる。これは「無から有」が生まれる「神秘」だと岩井は強調する(71-73頁)。

逆にいへば、合理的な根據のない「神秘」や「奇跡」は、いつなんどき消え失せても不思議はない。それがハイパーインフレーションである。「ある晴れた朝」、貨幣を貨幣として受け取つてくれる人がだれもゐなくなり、人々の手元にある金屬のかけらや紙切れや電磁氣的なパルスの痕跡は、それ以上の價値をもたなくなる。「これはSFではなく、現実の世界における可能性なのである」と岩井は脅かすやうに書く(218頁)。おそらく讀者の多くは、「資本主義とはなんと不安定な仕組みなのだらう」と不安を感じるに違ひない。

しかし岩井の議論は誤りである。ハイパーインフレが起こるのは、貨幣の供給量が急激に増えるからである。そして現代において、貨幣の供給量を急激に増やすことができるのは、政府(中央銀行)しかない。ハイパーインフレは、岩井の主張と異なり、資本主義そのものに原因があるのではなく、政府が資本主義による自由な經濟に介入し、貨幣量を人爲的に急増させることによつて起こるのだ。貨幣の量が天文學的に増えなければ、天文學的な値段の商品を人々が買ふことは不可能である。

事實、岩井がハイパーインフレの實例として舉げる(206頁)獨立戰爭直後の米國フランス革命下のフランス、社會主義革命直後のロシア、第一次大戰後のドイツ、オーストリアハンガリーポーランド、第二次大戰後のギリシャハンガリー、共産黨政權確立前のシナ、1980年代の中南米諸國、社會主義體制崩潰後の東歐諸國や舊ソヴィエト聯邦諸國などはいづれも、政府が不換紙幣(金や銀の裏づけが不要で無制限に發行できる紙幣)を大量に發行した結果、引き起こされたものだ。

本書における岩井の主張がもし正しければ、資本主義が自由放任的であればあるほど、資本主義の抱へる矛盾があらはになり、ハイパーインフレは起こりやすいはずだ。ところが世界史上、自由放任的な資本主義が最も盛んだつた十九世紀の歐米では、ハイパーインフレは起こつてゐない。金本位制によつて政府の貨幣供給が制限されてゐたからである。

岩井は文庫版後記で、「世界化された資本主義に真の危機があるとしたら、世界中のひとびとがドルから遁走をはじめ、ドルを基軸通貨とする貿易金融体制が分裂解体してしまう事態」(237頁)だらうと豫測する。ドル危機そのものの豫測は正しい。また米國に限らず、歐州や日本も通貨價値の下落に直面してゐる。だがそれらは、資本主義がもたらす危機ではない。福祉國家の建設や軍事的覇權の擴大といつた政治的目的に充てるため、貨幣を大量にばらまいてきた政府が引き起こす危機なのである。
(「『小さな政府』を語ろう」「Libertarian Forum Japan」に轉載)

筆者の本

デフレの神話――リバタリアンの書評集 2010-12〈経済編〉 (自由叢書)

デフレの神話――リバタリアンの書評集 2010-12〈経済編〉 (自由叢書)