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資本主義のシナ、社會主義のアメリカ

市場と國家

シナ(中國)は市場經濟が發展してきたとはいへ社會主義の國であり、米國市場原理主義が大手を振つて歩く資本主義の國――。これが兩國に對する世間一般のイメージだらう。しかし、もはやさうしたイメージは現實とは異なる。シナこそ堂々たる資本主義國であり、米國は社會主義國になり果てようとしてゐる。
冒険投資家ジム・ロジャーズのストリート・スマート  市場の英知で時代を読み解く
この事實を多くの事例にもとづき指摘するのは、『冒険投資家ジム・ロジャーズのストリート・スマート――市場の英知で時代を読み解く』(神田由布子譯、ソフトバンク・クリエイティブ)である。投資家として著名なロジャーズは2007年、家族とともにニューヨークからシンガポールに移住した。「世界の力の中心は今アメリカからアジアに移行している」(11頁)と判斷したからだ。ロジャーズは本書で、故國がいかに社會主義的な國に變貌してしまつたか、一方でアジアの資本主義がいかに躍動してゐるかを、怒りと希望を交へながら描いてゆく。

まづ米國だ。經濟的自由の柱となるのは人、物、金の國際的移動の自由だが、とりわけ人の移動、つまり移民は、米國をつくりあげた特別な意味がある。だが今や、その移民に對する反撥がこれまでになく強まつてゐる。ロジャーズが育つたアラバマ州は2011年6月、「HB56というアメリカで最も厳しいと言われる移民排斥法を成立させた」(196頁)。同年9月に法律が發效すると、恐れをなした何千人もの移民が仕事や學校や家を捨てて州外に出た。「畑に放置された作物は腐り、55億ドルを生み出していたアラバマの農産業の基盤が崩れ去ってしまった。前年4月の壊滅的な竜巻で壊れた建物の再建も、建設労働者の25%が州を去ったために立ちいかなくなっている」

金の移動への規制はさらに影響が大きい。今年初めから實施された外國口坐税法順守法(FATCA)により、米國人顧客の口坐を取り締まる米國税廳と契約をかはさない海外金融機關は、30%の追徴税を課されることになつた。米國人顧客を確認し、取引内容を報告し、特定の顧客の預金に税を課すのにかかる餘計な費用はまつたく支拂はれない。「そのうえ、とても支払えないほど高額な追徴税を強いられるとあっては、もうアメリカ市民を閉め出すしか手はなくなる」(209頁)。歐州の銀行は2011年、米國人の證劵取引口坐をすべて解約し始めた。

また米政府は2008年、米國市民權を抛棄した場合、資産額に応じて課す國籍離脱税を導入した。米國は、居住してゐるかどうかではなく市民權があるかどうかで課税する世界でも珍しい國の一つであるため、ロジャーズのやうな海外居住者は税金を二重に拂はされる。これを嫌つて市民權を抛棄する富裕層が増えたことに對抗し、導入されたのが國籍離脱税だ。英エコノミスト誌はこの税を「アメリカのベルリンの壁」と評したといふ。ロジャーズは吐き捨てるやうに書く。「アメリカ合衆国は旧東独や北朝鮮キューバ、イラン、旧ソ連、そして1930年代のドイツ〔引用者注=ナチスドイツ〕と同類になった。市民を国内にとどめておくように考案された法律……を持つ国家群の一員になったのである」(211頁)。物の移動、つまり貿易についても「保護貿易主義の気運が高まっているように見受けられる」(213頁)。

經濟的自由の束縛以上に深刻なのは、テロとの戰ひを名目に成立した愛國法により、プライバシーや人身の自由が脅かされてゐることだ。米國は「令状もなく盗聴器をつけ、不当な捜査や逮捕がまかり通り、無期限で拘留し、拷問が慣例となっている、テロリストたちの祖国と同じような国」(205頁)と化した。つひには自國民を「裁判にかけずに政府が殺す」(206頁)事態まで起こる。2011年9月、イエメンで米國市民二人がCIA(中央情報局)無人機に攻撃され死亡したのである。「その2人に罪はあったのだろうか? たぶんあったとは思うが、本当のところは誰にもわからない。逮捕するわけでもなく、弁護士や裁判官や陪審員が出てくるわけでもなく、裁判もなかったのだ」(205頁)

シェールガス革命といふ希望の燈はあるものの、税制、教育制度、醫療や訴訟の制度を改革し、海外駐留部隊をすべて本國に戻さない限り、米國の衰頽に齒止めをかけるのは難しい。そして政府が「数々の利害とロビイストでがんじがらめ」(276頁)である以上、これらの改革は起こらないだらうとロジャーズは突き放す。

一方、シナはどうか。政治體制は共産黨の一黨制である。しかし資本主義が發展するかどうかは、政治體制とは必ずしも關係がない。資本主義に必要なのは、經濟の自由である。經濟の自由は、一黨制よりも議會制民主主義のはうが大きいとは限らない。現に、上述のとほり、議會制民主主義の米國では經濟の自由が甚だしく侵害されてゐる。おまけに、倒産しかけた企業や銀行を政府が救濟し、經濟の新陳代謝を阻んでゐる。

これに對し、シナに對するロジャーズの評價は高い。「中国の政治制度がベストだと言うつもりはない」(246頁)と斷つたうへで、かう書く。「今日の中国がここまで発展しているのは、起業活動を自由化したからである。人びとは何でもやりたいことをできるようになった」(251頁)

ロジャーズは、シナを米國と比較してかう言ひ切る。「一部の人たちが中国的社会主義と見なすものは、すべてが国有化されていた30年間の名残りにすぎない。今私たちが目にしているのは資本主義の中国である。……カリフォルニアの方が中国より共産主義的だし、マサチューセッツの方が中国より社会主義的である」。これから「景気後退を余儀なくされる」(253頁)だらうが、長い目では「世界を率いる文明に返り咲きそうなのは中国だけ」(280頁)である。

最後に、日本についてである。ロジャーズはアジアの一員として期待するとともに、懐疑も抱いてゐるやうだ。少子高齢化にもかかはらず移民の受け入れに消極的なことや、破綻企業を政府が延命させてきたことに失望してゐる。報道によると、ロジャーズは最近、保有してゐた日本株をほぼすべて賣却したといふ。移民規制や企業救濟だけでなく、増税や野放圖な金融緩和で自由な經濟が阻害されつづければ、もはや資本主義國ではないとして完全に見放されてしまふかもしれない。

(註)「シナ」は英語のChinaなどと語源を同じくする世界的共通語であり、差別的意味はない。一方、「中國」は中華思想にもとづく言葉であり、日本の中國地方とも混同しやすい。

(「『小さな政府』を語ろう」「Libertarian Forum Japan」に轉載)

筆者の本

デフレの神話――リバタリアンの書評集 2010-12〈経済編〉 (自由叢書)

デフレの神話――リバタリアンの書評集 2010-12〈経済編〉 (自由叢書)