祈りが墮落するとき

宗教は人類の歴史とともに文化や倫理の形成に大きな役割を果たしてきた。しかし宗教は、他のさまざまな事柄と同樣、政治と結びつくとき墮落する。とりわけその墮落があらはになるのは、戰爭においてである。戰ふか戰はないかは本來個人の良心に照らして判斷すべき問題なのに、政治はそれを許さず一方的に戰場に驅り立て、政治と結託した宗教は後押しを買つて出る。敬虔な祈りはおぞましい呪ひに姿を變へる。
地球紀行?マーク・トウェインコレクション (18)
2003年3月、多國籍軍がイラクに侵攻しイラク戰爭が始まつた際、中心となつた米英の政治指導者は、ともにキリスト教の信仰が篤いことで知られた。米國大統領のジョージ・W・ブッシュアルコール依存症から立ち直つたのを機に四十歳近くで熱心なメソジスト(プロテスタントの一派)となつたといはれる。演説では「神の思し召し」「善と惡」「神の攝理」といつた宗教的表現を好み、「テロとの戰爭」を十字軍にたとへて物議をかもすこともあつた。

一方、英國首相のトニー・ブレアは、退任後にカトリックに改宗するまで英國國教會の信徒で、同じく熱心なカトリックの妻とは結婚前、何時間も神について語り合つたといふ。重要な決定の前にはしばしば聖書を讀み、2006年3月にテレビ番組に出演した際、イラク戰爭を決定するうへで信仰が一定程度影響したことを認めた。また米英の聖職者にも、政府の方針を支持し、參戰を鼓舞する聲が少なくなかつた。

政治家が個人として宗教を信仰するのに、とがめるべき理由はない。批判されるべきは、信仰にもとづく行動を、權力によつて國民に強制することである。信仰は個人の良心にかかはる事柄なのだから、強制は宗教そのものの理念に反する。しかし政治とは強制を當然と考へる營みだから、ほとんどの政治家はそれが理解できない。政治家に迎合する聖職者も同樣である。

英國民には、同じく宗教心から進んで戰場に赴いたり戰時の課税に應じたりした者もゐただらうが、當然、さうでない者も多かつた。にもかかはらずブッシュとブレアは開戰を強行し、イラク軍民と自國兵士に多數の犠牲を出した。舉句の果てに、開戰の理由とされたイラクによる大量破壞兵器の保有やフセイン政權とテロ組織アルカイダとの關係は、事實でなかつたことが判明した。

戰爭が公式には終結したいまも、イラクでは治安が安定せず、多くの人々が避難生活を餘儀なくされてゐる。政治指導者の信仰心が動機の一つとなつたイラク戰爭は、政治的にも道徳的にも大きな誤りだつた。追隨した日本政府も同罪である。

戰爭の片棒を擔ぐ宗教の欺瞞を、優れた智識人は憎んできた。その一人が『ハックルベリー・フィンの冒險』などで有名な、米國の作家マーク・トウェイン(1835-1910)である。エッセイ「出兵の祈り」(『地球紀行――マーク・トウェイン・コレクション(18)』所收。野川浩美譯、彩流社、2001年)には、その批判精神が凝縮されてゐる。

軍隊が前線に赴く前日、教會で祈りが捧げられる。舊約聖書から戰爭に關する章を讀んだ後、牧師が行つた長い祈祷は、「常に慈悲深く心優しい万人の神が、私たちの尊い若い兵士たちを見守り、助け、元気づけ、兵士たちを進んで愛国的な仕事に取り組むよう促し、戦う日も、死ぬときも兵士たちに恩恵を施し、彼らを危険から守り、彼らを神の御手にのせ、血まみれの攻撃の際も彼らに力と自信をあたえて無敵にし、彼らが敵を倒すのを手伝い、彼らと彼らの旗と国に不滅の名誉と栄光を授けるだろう、云々」(380頁)といふ、戰意を煽るものだつた。

そこへ奇妙な外國人が現れ、かう語る。牧師が行つた祈りは、じつは二つある。一つは言葉として口から出た祈りだが、もう一つは口から出なかつた祈りだ。神の耳には兩方の祈りが屆いた。語られなかつた祈りを言葉にするやう、自分は神に命じられてゐる。聞くがよい。

ああ、主なる我らの神よ、我々の砲弾で、敵の兵士たちを血まみれの破片にするまで引き裂くときに力をお貸しください。晴れ晴れとした敵の土地を、倒れた愛国者たちの青白い死体でおおうとき、力をお貸しください。負傷し、苦痛に身悶えする敵兵の叫びで銃のとどろきをかき消してしまうときに、力をお貸しください。敵の粗末な家を炎の嵐で廃屋にしてしまう手伝いをしてください。敵の罪なき未亡人たちの心を無意味な悲しみでしめつける手助けをしてください。敵を、幼い子供たちとともに、ぼろ着のまま飢えと渇きにあえぐホームレスにして、夏は燃えるような日差し、冬はいてつく風のなか、魂はずたずたになり、苦痛で疲弊し、おもに墓場という避難所を求めても断られながら、彼らの荒れ果てた不毛の土地を、よるべのないままさまよわせる手伝いをしてください――主を崇拝する我々のために、敵の望みをくじき、彼らの生命を枯らし、過酷な彼らの巡礼を長引かせ、彼らの足取りを重くし、彼らの涙で行く手を水びたしにし、彼らの傷ついた足から出る血で白い雪を汚す手助けをしてください!(382-383頁)

人はともすれば、政治家や同調する聖職者が唱へる莊重な祈りに感銘し、彼らが促す戰爭を崇高な行ひだと思ひ込む。しかしトウェインは、一見眞摯な祈りの裏にある、隣人を呪ふに等しい「語られなかった祈り」の忌まはしさを見逃さなかつた。

古典的自由主義者だつたトウェインは、正義の名を借りた無用の戰爭を憎んだ。南アフリカでのボーア戰爭(1880-81、1899-1902)、米西戰爭(1898)とそれに續く米比戰爭(1899-1913)、日本も加はつた支那での義和團事件(1900)などに帝國主義國家の振る舞ひだと怒り、1901年から死ぬまでアメリカ反帝國主義連盟の副會長を務めた。1904-5年に口述筆記された「出兵の祈り」にも、帝國主義戰爭への怒りがこもつてゐる。死後百年を經て、いまだに宗教が無用の戰爭に奉仕してゐることを知れば、苦蟲を噛み潰したやうな顏をさらに險しくするに違ひない。