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リバタリアニズムQ&A)日本人が學ぶ意味は?

リバタリアニズムが言ふとほり、經濟を自由に任せれば人間は物質的に豐かになるかもしれない。だが人間は物質的に豐かになると道徳的に墮落する。だから自由は規制すべきだ。

「人間は物質的に豐かになると道徳的に墮落する」と信じる人が自發的に「清貧」を志すことは、本人の自由であり、リバタリアニズムは反對しません。しかし權力を使つて自分や自分たちの信條を他人に強制する權利は誰にもありません。

リバタリアニズムはよく個人の權利を守れと言ふが、權利ばかりを主張する人權思想がもたらした害惡を知らないのか。

20世紀になつて認められるやうになつた生存權、教育を受ける權利、勤勞の權利、環境權といつた「社會權」は、個人の生活を國家が保障しなければならないといふ權利です。もとは弱者を助けるといふ高邁な理想から生まれた考へ方だつたのでせうが、結果的に、弱者とは呼べないやうな者まで税金をあてにしたり、國民が質の惡い公教育サービスしか受けられなかつたりと、深刻な状況を招いてゐます。かうした弊害を招いた20世紀的な「人權思想」に對しては、リバタリアン自身、きはめて批判的です。

リバタリアンが擁護する權利は、18〜19世紀にヨーロッパで確立された人身の自由や經濟的自由をはじめとする「自由權」です。社會權が國家の權限擴大を要求するのに對し、自由權は國家の權限縮小を要求するもので、同じ人權でもその性格は正反對です。兩者を一緒くたするのは亂暴な議論です。

リバタリアニズムなどといふ西洋思想は日本人になじまない。

リバタリアニズムは間違ひなく西洋の思想です。個人の自由を尊ぶ知的態度は、ギリシア哲學やキリスト教を源泉とし、啓蒙時代を經て培はれてきたものです。

西洋において自由主義思想は、たんなる机上の理論ではなく、市民革命やアメリカ獨立戰爭、奴隸制の廢止といつた歴史的な變革に重要な役割を果たしてきました。一方、東洋でもシナの老莊思想などはリバタリアニズムの範疇に加へてもよいかもしれませんが、歴史を動かすほどの力があつたとは言へません。日本はさらに寂しい限りで、自由主義の知的傳統はほとんど皆無ではないでせうか。

オーストリア生まれのリバタリアン經濟學者、ルートヴィヒ・フォン・ミーゼスははつきりとかう述べてゐます。「東洋と西洋を分かつもの、それは何より、東洋の人々が自由の理念をいまだかつて思ひつかなかつたといふ事實にある」*1リバタリアンを名乘る日本人としては悔しいことですが、ミーゼスは正しい。少なくとも現状では、リバタリアニズムは日本人にとつて、所詮借り物の思想でしかないのです。

それではリバタリアニズムを學ぶことは無意味なのでせうか。それは違ひます。むしろ自國の文化に缺けてゐるものだからこそ、學ぶ意義が大きいと言へます。

リバタリアニズムは自由を擁護するシンプルな思想ですが、その應用範圍は驚くほど多岐にわたります。たとへばこんな問題を扱ひます。經濟危機の眞の原因は何か、金價格昂騰の理由は、臟器賣買は是か非か、著作權保護は文化を繁榮させるか、正しい戰爭はあり得るか……。賛成するにせよ反對するにせよ、面白いことだけは請け合ひます。自分の關心のあるテーマについて考へながら、西洋的な物の見方も知ることができるでせう。

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