資本主義成敗の茶番――『ジャングル』の時代(2)

まづ『ジャングル』に描かれた劣惡な勞働條件や衞生環境は、大幅に誇張されてゐた。同書が出版された1906年に政府が實施した精肉業者に對する調査は、その年のうちに結果が内々に報告されたが、一讀したルーズヴェルトは「ひどいものだ」と論評しただけで、公表を拒否した。それには理由があつた。同年、ルーズヴェルトシンクレアホワイトハウスで會見した際、調査結果には精肉業者の罪を立證するものはなかつたと話した。業者を規制する法案を議會で通すには、調査結果の公表は都合が惡かつたのだ。

次に、規制を望み、實現を働きかけたのは、ほかならぬ精肉業者自身、それも市場の支配を非難されてゐた大手の業者だつた。狙ひは市場での競爭を制限し、自分たちのビジネスを有利にすることだつた。その動きは『ジャングル』出版のはるか前から始まつてゐた。

1880年前後から、米國の大手精肉業者はビジネス上の惱みに直面してゐた。歐州各國が病氣の牛や豚、その肉の輸入禁止に相次いで踏み切つたためだ。歐州側にしてみれば衞生上の理由ももちろんあつたが、國内の畜産・食肉業者を保護する目的もあつた(これはお互ひ樣で、米國側も同樣の輸入規制を行つてゐた)。そこで米國の大手精肉業者は政府に衞生檢査を義務づけてもらひ、安全性のお墨附きを得ることで、歐州向け輸出の基準をクリアしようとした。

だがこの戰略には盲點があつた。大手業者は檢査でかなりのコストを負はねばならず、檢査を義務づけられない中小業者との國内での競爭が不利になつてしまつたのだ。精肉業は大規模な設備を必要としないこともあり、當時の米國市場には大手のほかに無數の中小業者がひしめき、激しい競爭を繰り廣げてゐた。資本力に勝る大手といへども、檢査のコストを價格に上乘せせざるを得なくなれば、競爭力が落ち、市場シェアを失ひかねない。

解決策は一つしかない。檢査の義務を中小業者にも廣げることだ。『ジャングル』が卷き起こした輿論の後押しを受け、ほとんど滿場一致で成立した食肉檢査法により、檢査は米國内で處理されるすべての食肉を對象とすることになり、大手業者は目的を果たした。同法が成立した年、業者らは農務省を訪れ、ジェイムズ・ウィルソン農務長官と面會した。長官が「今度の法律によつて、諸君は世界一嚴しい檢査を受けることになる」と言ふと、業者らは盛大な拍手で應へたといふ。(續く)

(初出:Libertarianism Japan Project

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