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自分の人生を生きよ(ジョブズ)

だれも死にたくはない。天国へ行きたいと願う人々も、そのために死のうとは思わない。けれども、死はだれもが最後に行き着く場所だ。逃れた者はいない。〔略〕時間は限られている。だから無駄にしてはならない。他人の人生を生きてはならない。定説にとらわれるな。それは他人の考えた結果のままに生きることだ。他人の意見という雑音によって、自分の内なる声がかき消されないようにしなければならない。一番大切なのは、勇気を持って、自分の心と直観にしたがうことだ。自分が本当は何になりたいのか、心と直観はそれを知っている。他はどうでもよいことだ。

スティーブ・ジョブズ I
今囘は番外篇。スティーヴ・ジョブズスタンフォード大学卒業式式辞」(2005年)より拙譯。アップルの創業者、スティーヴ・ジョブズが死去した。享年五十六。今から六年前、シリコンバレーの中心、スタンフォード大で學生たちを前に行つたこの有名なスピーチには、liberty といふ言葉も、freedomといふ言葉も出てこない。しかし紛れもなく自由の精神に滿ちてゐる。

ジョブズの言葉を少し言ひ換へれば、かうなるだらう。人間は他人から學ぶことができる。しかし最後に決斷するのは自分自身だ。他人の意見にとらはれ、それにしたがつてばかりでは、自分の人生を生きてゐるとは言へない。人生は一度しかなく、しかもいつ終はりを告げるかわからないのだから、人間は「内なる声」に耳をすまし、自分自身の人生を精一杯生きなければならない。
ジョブズの人生は決して長くはなかつたが、それが他人の意見にとらはれない、「内なる声」に忠實なものであつたことは間違ひないだらう。それをもつとも雄辯に語るのは、言ふまでもなくジョブズが心血を注いだアップルのコンピュータ製品だが、それだけではない。

たとへばジョブズは、慈善事業に寄附をしないことで知られ、それを理由に非難されたこともある。だがこれに對しかう説明してゐる。「慈善事業の問題は、成否を測るしくみ(measurement system)がないことだ。寄付した相手、事業の目的、実施の仕方などについて、自分の判断が正しかったかどうか評価することができない。成功したか失敗したかわからなければ、物事を改善するのは難しい」

ジョブズは正しい。營利事業であれば、お金を無駄づかひせず、多くの人々に歡迎されるサービスや商品を提供できたかどうかは、利潤と損失によつて判斷できる。だが慈善事業はさうした尺度がないので、事業のあり方が正しいかどうか知ることができない。もちろん人が自分の意思で慈善事業を行ふのは自由だし、優れた慈善事業もあるだらう。しかしだからといつて、營利事業を道徳的に劣つたことだなどと考へるのは間違つてゐる。營利事業は利潤・損失といふ羅針盤に導かれることにより、慈善事業よりはるかに大きな規模で、持續的に、多數の人々に奉仕しうるのだ。

ジョブズは政治活動にも否定的だつた。ジャーナリストのティモシー・カーニーによると、アップルには政治獻金の主體となる政治活動委員會(political action committee)がない。これは米國の大企業としては異例のことだ。またジョブズはロビー活動に消極的で、アップルの支出額はマイクロソフト、グーグル、IBMといつた競合企業を大きく下囘る。市場での地位を守るため政治の庇護を求める企業が少なくないなかで、これはやはり特筆に値するだらう。

自分の信念を頑固なまでに貫く獨立獨歩の精神は、じつは優れた企業家に不可缺のものだ。經濟學者ルートヴィヒ・フォン・ミーゼスは次のやうに指摘してゐる。

利潤を維持し、利潤をもたらす企業家の着想こそは、大多数の人々が、気付かなかった着想である。〔略〕無数の人々が受け入れている誤りに惑わされず、それと異なる考えをとった者のみに、賞金が与えられる。(村田稔雄譯『ヒューマン・アクション』922頁)

ヒューマン・アクション―人間行為の経済学
「大多数の人々」が何と言はうと、自分の着想を信じ、實現する勇氣を持つてゐたジョブズは、天性の企業家であり、自由の尊さを體現する人物だつた。市場經濟を蔑み、政治的解決を求める風潮が強まるなかで、その死は惜しんでも餘りある。

原文

No one wants to die. Even people who want to go to heaven don't want to die to get there. And yet death is the destination we all share. No one has ever escaped it......Your time is limited, so don't waste it living someone else's life. Don't be trapped by dogma ― which is living with the results of other people's thinking. Don't let the noise of others' opinions drown out your own inner voice. And most important, have the courage to follow your heart and intuition. They somehow already know what you truly want to become. Everything else is secondary.

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