読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

高橋是清の虚像

戰前の政治家、高橋是清を崇める聲が政治家や言論人の間で高まつてゐる。高橋が主導した大幅な金融緩和や積極財政は、日本經濟を昭和初期の恐慌から救つたとされる。しかしこれは誤りである。現在のアベノミクスの先驅けである高橋の政策は、その場しのぎのモルヒネと同じで、經濟問題の本質を何も解決しなかつた。それどころか軍部の暴走を財政的に支援し、日本を破滅に追ひやる手助けをしたのである。
アベノミクスの危険な罠 繰り返されるマネーの暴走
出版界でも高橋を持ち上げる本が相次ぐなかで、高橋への嚴しい批判を含む貴重な本が最近出た。北岡孝義『アベノミクスの危険な罠――繰り返されるマネーの暴走』(PHP研究所)である。經濟學者で明治大學教授の北岡は冒頭で、安倍晋三内閣が打ち出した「大胆な」金融緩和について「政府は、財政的に苦しいときに、マネーを生み出す『打ち出の小槌』に手をかける。それにより、経済は大混乱に陥る。そして、そのたびに国民は痛い目にあう」(4頁)と指摘する。

そのうへで、政府が「打ち出の小槌」で經濟に混亂をもたらした過去の例として、明治初期の西南の役後や1974年の大インフレ、1980年代後半のバブルなどとともに、「昭和初期の高橋財政の国債の濫発」を舉げ、次のやうに批判を加へる。「高橋財政は一時的なデフレからの脱却には成功したが、真に日本経済の再生につながったのだろうか。高橋財政が真に日本経済を強靭なものに鍛え上げたのだろうか。むしろ、高橋財政は競争力のない企業の淘汰や金融機関の不良債権の整理などの構造的な問題を先送りした」(188頁)

昭和恐慌の本質的原因は、第一次世界大戰終結後、反動不況で經營不振に陷つた企業や金融機關を、關東大震災のどさくさもあつて政府が救濟しつづけ、經濟の效率改善を妨げたことにあつた。たとへば經濟評論家の高橋龜吉が「わが国では……世界の戦後大反動そのものに必要な整理促進のための措置は何ら講ぜられなかった。むしろ整理を妨げる性格をもつ弥縫的措置を頻発することになったのである」(『昭和金融恐慌史』 講談社学術文庫、74-75頁)と批判したやうにである。

デフレ政策を斷行したため、その直後に藏相として登板した高橋是清との比較でよく經濟音痴呼ばはりされる濱口雄幸(首相)と井上準之助日銀總裁藏相)は、この本質的原因を理解してゐた。北岡は濱口・井上コンビを高く評價し、かう書く。「デフレ政策によって為替レートを安定させ、円の信用回復をはかるとともに、賃金抑制、非効率企業・産業の淘汰を行ない、日本経済の効率性と国際競争力を向上させようと考えた」(183頁)

濱口・井上のデフレ政策は、世界大恐慌のさなかに行はれたため、タイミングが惡すぎたとしばしば批判される。さうかもしれない。しかし高橋財政のやうな「弥縫的措置」を續けるだけでは、將來へのツケを大きくするばかりであることは確かである。

高橋を支持する人は、高橋財政はインフレを起こさなかつたと主張する。しかし北岡はこれを否定する。「1930年代後半からはインフレになった。それでも戦前・戦時中は統制物価で政府が強引に物価を抑え、それを担保するために、国民に配給制を強いた。第二次世界大戦が終わって物価の統制がはずされると、大インフレが起こった」(189頁)

だが高橋財政は、日本にインフレ以上のコストをもたらした。軍國主義を肥大させたことである。具體的には、本國政府の意思を無視した暴走で惡名高い關東軍の軍事費を増強し、シナ大陸での活動を財政的に支援した(關東軍といへば、くしくも高橋がかつて戰費調達に奔走した日露戰爭で、國民が多大な犠牲を拂ひ、滿洲に權益を得た結果、誕生した組織である)。

この點も、濱口・井上とは對照的だ。第一次大戰後、「財政・経済力・資源の現状からみて、もし次期世界大戦が起これば、日本はきわめて困難な状況におちいる」(川口稔『戦前日本の安全保障』、講談社現代新書、179頁)と危機感を抱いた濱口雄幸は、軍縮を信念としてゐた。海軍軍令部の意嚮に反してロンドン海軍軍縮條約に調印し、「統帥權干犯」と非難を浴びたことは有名だ。

濱口はこの信念にもとづき、「金解禁〔金本位制への復帰〕によって軍部の大陸進出を、軍事費の削減によって抑え込もうとした」(189頁)。金本位制の下では、日銀は無制限に紙幣を刷れないので、政府は日銀の贖入をあてにして國債を濫發できない。北岡が言ふやうに、濱口・井上には「『打ち出の小槌』を断固として封印し、マネーに『金』という足枷をはめようという強い意思があった」(183頁)。

一方、北岡は高橋をかう正しく批判する。「軍事費増強による大陸進出を財政面で後押しし……結局は日本経済、いや日本そのものを破綻に追いやる役割を担っただけではないのか」(188頁)。高橋も途中からは、インフレを恐れて緊縮財政に轉換しようとした。しかし「打ち出の小槌」に味をしめた軍部がそれを手放すはずはない。高橋は軍の反感を買ひ、二・二六事件で銃彈に倒れる。

デフレ脱却を大義名分として登場し、「大胆な」金融緩和と積極財政に乘り出した點で、アベノミクスはまさに高橋財政の再來といへる。だとすれば、待ち受けるのは經濟の混亂と、もしかするとさらに惡い事態である。高橋是清の虚像に惑はされ、その誤つた政策を禮賛してはならない。
(「『小さな政府』を語ろう」「Libertarian Forum Japan」に轉載)

筆者の本

デフレの神話――リバタリアンの書評集 2010-12〈経済編〉 (自由叢書)

デフレの神話――リバタリアンの書評集 2010-12〈経済編〉 (自由叢書)