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陰謀論を笑ふな

民主黨の藤田幸久國際局長(參議院議員)が2001年9月11日の米同時多發テロについてテロリストの犯行かどうかに疑問を挾んだとして、米紙ワシントン・ポストが社説で同議員を酷評した。異樣だ。實に異樣だ。藤田議員の發言内容ではない。ワシントン・ポストが異樣なのだ。

同紙は藤田議員の主張が「突拍子もなく、いい加減で、僞りがあり、まじめな議論に値しない」とこき下ろし、民主黨と鳩山政權の反米思想を映すものとして問題視した。同紙によると、藤田議員が疑問を差し挾んだりほのめかしたりしたのは次のやうな點といふ。

  • 本當にテロリストの犯行なのか
  • 影の勢力が事前に犯行計劃を知つてをり、その情報をもとに株取引で利益を上げた
  • ハイジャック犯十九人のうち八人は健在
  • 少なくとも國際貿易センター七號棟(旅客機が突込んだツインタワーに隣接してゐた建物)の倒潰は、火災や自然な瓦解でなく爆破解體によるもの

しかしこれらの「疑惑」は藤田議員が言ひ出したわけではなく、すでに歐米の要人が發言したりメディアが報じたりしてゐることだ。

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株取引についてはドイツ聯邦銀行のウェルテケ總裁(當時)が石油と金、航空・保險會社の株式について「不可解な取引」があつたと發言してゐるし、自爆したハイジャック犯として米政府が發表したうちの一部とみられる人々が「自分は生きてをりテロリストではない」と名乘り出た件は、英國營放送BBCなどが報じたものだ。ビルの倒潰原因も、疑問を呈したのは米國建築士らだ。9.11事件そのものが「内部者の犯行」であるといふ説や、政府がテロ計劃を事前に知つてゐながらわざと見逃したといふ説も、米國内外で以前から取り沙汰されてゐる。

藤田議員の主張が「突拍子もなく、いい加減で、僞りがあり、まじめな議論に値しない」といふのであれば、ポスト紙は藤田議員を非難する前にウェルテケ氏やBBCを糺彈すべきだし、ドイツや英國の「反米思想」を問題にすべきだらう。反資本主義的な民主黨の肩を持つ氣などさらさらないが、それとこれとは話が別だ。日本の政治家の發言に對してのみ「日米關係が嚴しく問はれる」などと脅しめいたことを書くポスト紙の論調は、甚だしくバランスを失し、傲慢ですらある。これが同紙社説の異樣な點の一つ目だ。

もう一つの異樣な點は、ポスト紙が米政府の公式見解に對する異論を「陰謀論」といふ紋切型の殺し文句によつて一切排除しようとしてゐることだ。

異論が眞實かどうか判斷する材料は私にはない。だが米政府が2004年に發表した公式報告書「9.11調査委員會報告書」に對しては民間の批判者から多くの矛盾や不備が指摘されたばかりか、調査委員會の元メンバーらがその後明らかにしたところによると、中央情報局(CIA)、北米航空宇宙防衞司令部(NORAD)、聯邦航空局(FAA)といつた政府機關は委員會への資料提出を拒んだりデータを隱したりしてゐたといふ。

かうした經緯から、米國内では政府見解に對する批判が收まるどころか、むしろ勢ひを増してゐる。となれば疑惑の檢證こそジャーナリズムとして自然な態度であり、陰謀論のレッテルを貼つて事足れりとするポスト紙の姿勢は、まるで讀者の目をタブーからそらすことに躍起になつてゐるやうで、なんとも不自然だ。もちろん主流メディアとしてはそれこそが「自然」な態度であることを承知のうへで、私はわざとかう言つてゐるのだが。

陰謀論、とりわけ政府が關與する陰謀論に對し、條件反射的に「非科學的」と拒否反應を示す人は少なくない。だがそれこそ非科學的な態度と言はざるを得ない。リバタリアンの經濟學者で歴史家でもあるマレー・ロスバードが言ふ通り、「議會が鐵鋼の關税引き上げや輸入割當の法案を通したとき、それが國内鐵鋼業界のロビー活動によるものだといふことはどんな馬鹿でもわかる」。陰謀論者はかうした推論を政府のより複雜な行動にも廣げて考へようとするにすぎない。ロスバードは陰謀論者を積極的にかう評價する

陰謀論者は偏執狂でも決定論者でもない。人間行爲の探究者(praxeologist)なのだ。すなはち、人間とは目的意識を持つて行動し、目標達成に向け意識して手段を選ぶものだとの信念がある。(略)陰謀論者に反對する者は、およそ物事は(少なくとも政府内では)偶發的かつ無計劃に起こるもので、人間が目的意識を持つて選擇したり計劃したりすることはないと公言してゐるやうなものだ。

日本のウェブ論壇では「陰謀論にハマる権力者ほど危険なものはない」(フリーライター宮島理のプチ論壇)と檢證抜きに異論を切り捨て、「鳩山政権に対して、"will be severely tested"(厳しい試練に会う)という結語をどう理解するかが、ワシントン・ポスト紙社説理解の鍵になるだろう」(極東ブログ)と一足飛びに政治的對應に氣を囘すやうな、本質を見失つた議論が目立つ。

政治的判斷よりも遙かに重要な事、それは眞實の追究だ。そもそも現實の世界で何が起こつたのかを正しく知らない限り、納得ゆく政治的判斷など下しやうがない。9.11の眞相究明は、事件で二十四人の同胞を失ひ、米國の對テロ戰爭にも協力した日本人にとつて決して他人事ではない。陰謀論と聞くだけで嘲笑し、思考停止に陷つてしまふやうな知的怠惰を我々は嚴に戒めなければならない。

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