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【寄稿】金本位制と自由銀行業の役割について

市場経済(資本主義経済)はその本質において、決して弱肉強食的ではない。逆に互恵的であり、友愛や同情、人々の間の連帯感を育てる土壌であることを私は既に述べた。今回は市場経済が正常に発展するには、金本位制と自由銀行業の機能の復活がその必要条件である所以を説明する。

現在の貨幣制度は周知の通り名目貨幣(不換紙幣)本位制であり、中央銀行による管理下で自由銀行業制は崩壊してしまっている。このような状況下でどのような結果が生じたか。日本銀行は輪転機を回転させて紙切れの札ビラをいくらでも増刷できる。そのカネで政府は子供手当や農家への戸別補償に代表されるようなバラ撒き政策、手厚い社会保障や不況対策と称する税金の無駄使いも出来る。その為、今年度末の日本の国と地方自治体を合わせた長期債務残高は昨年度末に比べ約23兆円も増え、891兆円という巨額になると予想されている。この数字は国内総生産GDP)の二倍に近い高水準である。財政危機に見舞われて大騒ぎしているギリシャアイルランドをも上回り、先進国中最高最悪の水準である。日本は遂に破産国家になってしまった。

こうした事態は金本位制と自由銀行業制の下では絶対起こり得ない現象であり、この惨状は、税制と社会保障制度の改革といった小手先で一時凌ぎの対策で修復・処理できるものではない。しかし政治家はもとより、多士済々の論客たちも、唯一人として金本位制の復活や日本銀行の解体を論じていない。そんなことを主張すれば、狂人扱いされるか、袋叩きにされる恐れがあるからであろう。これはこの国の知識人の品質が余りにも劣悪であるからであろう。この国では貨幣の本質と役割についての誤った思想が支配的である。貨幣を政府によって供給され、規制されるべき対象と考え、政府の貨幣政策が自由市場に対する不当な干渉であって、自由な市場経済を破壊するものであるという認識が、学会・論壇・政界のすべてで欠落している。むしろ各界の指導者たちは、政府は硬貨を鋳造し、紙幣の供給を調整し、価格水準を安定させねばならぬとし、それが可能であると考えているらしい。

マレー・N・ロスバードはこうした見解の誤謬を正すことが重要であると考え、貨幣論に関する教科書的な労作を発表した。その内容は私が「マレー・N・ロスバードの貨幣論」と題して『彦根論叢』(滋賀大学経済学会刊行)で二回に分けて紹介・論評しているので、これを参考にされたい。※PDFファイル(第1回)(第2回

What Has Government Done to Our Money

現在の世界経済は、リーマン・ショックを契機に大不況に陥った。そこからの脱出の為に各国政府は国際協調の名の下に、市場への広範囲かつ大規模な干渉介入政策を実施して来た。たとえば、公的資金の投入、金融緩和、内需拡大を目的に掲げての諸政策がそれである。現在は上記のロスバードの著作が発表された当時と比べると、経済のグローバル化が進展し、金融工学が発達してリスクの証券化の手法が開発され、多くの金融派生商品が出現する等の新しい現象が見られる。しかしインフレとその結果としての物価高騰、バブルの崩壊、不況の発生というメカニズムとその元凶は、ロスバードが教えている通りであり、当時と現在といささかも変わっていない。金本位制から名目貨幣本位制への移行、中央銀行の設立と自由銀行業制の破壊がその根本原因である。端的にいえば、貨幣の世界への政府介入がそれである。現在不況対策として推進されている前述の政府干渉は、インフレの結果をインフレによって緩和・克服しようとするもので矛盾そのものといってよい。それは当面を糊塗するのに役立つとしても、解決すべき問題を先送りしているに過ぎず、将来さらなるインフレを引き起こす原因となるであろう。

顧れば金本位制の黄金時代は19世紀初頭から20世紀初頭にかけての約百年間であった。各国の通貨(ドル・ポンド・フラン・円等)は、単に金の一定重量に対する呼称に過ぎず(1ドルは金20分の1オンス、1ポンドは約金4分の1オンス等)、各国通貨の交換比率(為替レート)は固定されていた。金本位制は政府により、「金は貨幣本位たるべし」として上から恣意的に決定されたものではない。幾世紀にもわたる経験を経て最も安定した交換の媒体となる最適の商品として、自由市場で選定されて来たものである。政府はこれを追認したに過ぎない。貨幣としての金の供給と準備は市場の諸力にのみ服するものであった。この金本位制によって文明化された世界は単一の金という交換の媒体を有する恩恵を十分に享受した。即ち通商・交易・投資が促進され、移動の自由が実現し、専門化と国際分業が発展したのである。これは世界がかつて知り得なかった最善の貨幣秩序であった。

この古典的金本位制が崩壊した原因は、政府が紙幣の発行を金への兌換性を損なうほどまでに膨張させたこと(インフレーション)による。それは当初第一次大戦の戦費を調達する為であったが、ひとたび政府が不換紙幣発行による通貨膨張の妙味を知ったからには、その味が忘れられず、各国政府は名目貨幣本位制に固執し、金本位制復帰が真剣に取上げられることはなかった。国際貨幣制度は、国際的な「通貨戦争」を伴いながら、固定的と変動的の両為替レートの間を行きつ戻りつしながら現在に及んでいる。ロスバードは、世界的な経済安定は貨幣的秩序の安定を必要とするが、それは交換の媒体が金のような自由市場の選定した商品に復帰し、政府を貨幣の部隊から全面的に排除するような劇的な変革によってのみ達成されるであろうという。

なお中央銀行制について簡潔に言及すると、中央銀行の権威は政府から紙幣発行の独占権を与えられていることに基づくものである。中央銀行はいわば政府の腕であり、国家の銀行であるから、中央銀行の政策は国家の他の政策と整合性を保つものである。私的(市中)銀行の準備は金ではなく中央銀行券であり、その預金と対する最低準備率は中央銀行によって設定され、私的銀行はその遵守を強制される。自由銀行業制では金の裏付けのない流通手段の発行による拡張、すなわちインフレーションは、金への兌換に応じることが出来ず、その不健全性が暴露されるから、全銀行がインフレートすることは不可能であるが、中央銀行業制ではすべての銀行が金への兌換の心配から解放されインフレートすることが可能となる。勿論、私的銀行は中央銀行によって規制されるから、自由かつ無制限に膨張することは許されない。しかし中央銀行が銀行業の拡張を制御・支配する権力を獲得したことは、政府のインフレ的な潜在能力が増大したことを意味する。

政府はこの能力を活用出来るからこそ前述のバラ撒き政策を公約し、選挙によって得票し政権を獲得し、公約を実行することによって、上記の通り、長期債務残高が891兆円に達するという事態が発生したという次第である。

ところで金本位制が公的機関によって問題にされないのみでなく、論壇でも金本位制反対論が強いのが現状であるが、その反対論の内容と誤謬については、トーマス・ウッズ著、副島隆彦監訳『メルトダウン:金融溶解』という書物の中で適切に紹介・解説されている。私はこの書物を木村貴さんから教えてもらった。諸賢もこれを参考にされることを勧める。

メルトダウン 金融溶解

トーマス・ウッズはリーマン・ショック以降の金融恐慌、経済危機に関しても、その責任は自由市場にあるのではなく、政府の市場介入のせいであると断じ、政府・政治家・大新聞などがその解決法を「より厳しい規制、より広範囲の政府介入、より大きな財政支出、大量の通貨発行、より大きい負債を政府が抱え込むこと」を主張していることに反対する。彼は逆に、(1)大企業や銀行を倒産させる(2)政府援助企業を廃止する(3)救済策を止め政府支出を削減する(4)政府による通貨の操作を止める(5)連邦準備制度についてきちんと議論する(6)特別な貸出窓口を閉鎖する(7)通貨発行の独占を止めること、等を提言している。

また、アメリカにはロン・ポールのような新オーストリア学派の思想と理論を奉じる政治家が存在する。彼は政府に金などの貴金属に対する販売やそれによる利得に課税することを速やかに止めさせること、私的取引における金約款の法的強制力を明確に再確認させることを主張している。彼によればこれがバブル崩壊に対する人々への決定的なセーフティネットになるというのである。

他人のカネで生きているアメリカ人に告ぐ ―リバータリアン政治宣言―

しかし日本では事情はいささかどころか大いに異なる。日本にも右から左までの政治家が一通り揃ってはいるが、ロン・ポールのような政治家の存在は寡聞にして知らない。わが国では社会保障と税制をどのように調和させるかといった問題に適切な解答を出す政治家が一流の政治家であるらしく、そうした人物が政権党に一本釣りされ、閣僚に名を連ねていると聞く。わが国の若き世代のリバタリアンの諸賢は、この現状にどのような評価を与えるであろうか。私はその解答を期待している。

新オーストリア学派の思想と理論 (MINERVA現代経済学叢書)

【筆者紹介】越後 和典(えちご・かずのり) 1927年滋賀県に生まれる。1950年京都大学経済学部卒業。現在、滋賀大学名誉教授。日本経済政策学会名誉会員。産業学会名誉会員。経済学博士。著書に『競争と独占』(ミネルヴァ書房、1985年)、『新オーストリア学派の思想と理論』(同、2003年)など。

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