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呉智英氏の思ひ出(3)講演

『封建主義、その論理と情熱』を讀んで數ケ月後、大學の學園祭に呉氏が講演者として招かれることを知り、その偶然に驚いた。呉氏の話を直接聽けるのは非常に嬉しく、ぜひ行かうと思つたが、一つだけ困ることがあつた。當時テレビの深夜番組「オールナイトフジ」で人氣を博してゐた女子大生タレントグループ、「オールナイターズ」が呉氏の講演と同じ時間に歌を披露する事になつてゐて、私はそのチケットをすでに買つてゐたのである。確か二千圓くらゐだつた。

當時私は郷里の關係の學生寮に住んでゐたが、土曜の夜になるとテレビを持つ友人の部屋に數人で入り浸つて、だべりながら「オールナイトフジ」を樂しんでゐた。二千圓はさして惜しくはなかつたが、學園祭を訪れたオールナイターズの山崎某や松尾某(グループ内ユニット「おかわりシスターズ」を結成してゐた)の顏を拜んでみたいといふミーハーな氣持ちはやや斷ち切りづらかつた。

しかし今や私は、呉氏の著作によつてインテリゲンツィアの使命に目覺めた男である。ここは福澤諭吉も説いたやうに、痩我慢こそ肝要だ。オールナイターズの入場券をポケットに入れたまま、私は講演會場となる教室へと向かつた。後で友人に話したら、しつかり者のその友人は「もつたいない。誰かにチケットを賣ればよかつたのに」と言つた。なるほど。しかし小心者の私は、切符を買つてくれる人を探し囘つて賣りつけることなんぞ、思ひついても實行できなかつただらう。

講演が始まつた。私は木のベンチと長机とを竝べた教室の中ほどに座り、呉智英氏を初めて身近に見た。『インテリ大戰爭』の著者近影に比べいくらか老けて見えたが、印象は事前に想像した通りであつた。痩身、への字に結んだ口、細縁眼鏡の奥の二重瞼と鋭い眼。呉氏は立つたまま、少し甲高いよく通る聲で、轉向論、柳田國男、朝鮮の反日運動等について語つた。文章と同じく、明瞭な話し振りであつた。

バカにつける薬 (双葉文庫)

呉氏は雜誌「朝日ジャーナル」1984年11月23日號で、講演の模樣についてかう記してゐる。私は後日、單行本でこの文章を初めて發見した。

会場は、つめて座れば百二十人ほど入る教室である。参加者数は約五百人(主催者側発表)。というのは冗談で、客観的に言えば、八十人か九十人ほどであった。学生数四千人弱とかいう大学の学園祭の講演会としては盛況である。/私の話は、次のような流れで展開した。/現在の保守化の真因は、政治力学的解釈によって探られるのではなく、思想の内容・思想の有効力を考えなければならないこと。そこで参考になるのが、転向論である。(中略)/反応はまずまず。話を終えて質疑応答に移ると、反応はさらに活発になった。人物評、ニューアカデミズム観、マンガ論。(『バカにつける薬』より「オールナイターズから奪った八十人の聴衆」)

質疑應答で私は質問しなかつた。間拔けな發言で呉氏や聽衆から失笑を買ふのが恐ろしかつたのである。しかし呉氏の話を直接聽いた八十人の一人になれた事には深く滿足した。その後、「オールナイトフジ」と同じ土曜深夜(といふか日曜未明)のテレビ番組「朝まで生テレビ」で討論する呉氏の姿を見かけるやうになつたが、現在までのところ、私が呉氏と間近に接したのは十六年前の大教室での一度きりである。

講演が終はり、少し肌寒い戸外に出ると、それまでかすかに聞えた音樂がやんでゐた。オールナイターズだつたのだらうか。私はチケットを捨てた。
(初出「地獄の箴言」2000年7月31日。表現・表記を一部修正)

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