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『競争の作法』

齊藤誠『競争の作法――いかに働き、投資するか』(ちくま新書、2010年)

競争の作法 いかに働き、投資するか (ちくま新書)

デフレ脅威論をデータで反駁する第1章は、おもしろい。2002年から2009年まで消費者物價指數はほぼ横ばいだつた。2009年は前年比1.4%低下で、1971年以降最大の下げ幅を記録したと騒がれたが、實際は2008年の上昇分(前年比1.4%)を相殺したにすぎない。GDPデフレータで見ると下落傾向にはあるが、それでも2002−2007年の5年間で5.3%、年率1.1%の下落にとどまつてゐる。デフレデフレと騒いでゐるが、物價はほとんど下がつてゐないぢやないか、といふわけだ。

これらの數字を踏まへ、著者齊藤氏はデフレ脅威論者について「(1)現実を観察していない(2)目をこらして数字をみていない(3)とことん理屈をめぐらしていない(4)歴史的事実をねじ曲げている」と散々にこき下ろす。デフレが惡といふ誤つた通説そのものを否定してゐるわけではないが、客觀的な數字を重視する態度には好感がもてる。

しかしその後、著者自身が提示する日本經濟への處方箋には、たうてい同意できない。

たとへば第4章の「持つなら使え、使わないなら持つな」といふ小見出しのついた節で、節税對策として宏大な土地の一角に申しわけ程度の家屋を建て、宅地としての體裁を整へて固定資産税を格安に抑へ、殘りの土地を駐車場や空き地にしたままの地主を非難する。「閑静な住宅地にふさわしい使い方をせずに、土地を遊ばせておいても、地主はほんのわずかな税金を払ってさえいればそれでよい」(p.205)。そこで齊藤氏は、固定資産税を引き上げ「地主たちが土地を有効に利用する方向に追いつめていくべき」だと主張する。

だが個人が自分の資産を「有効に利用」しようとしまいと自由であり、そこに國家が介入する正當性はない。また人間とは元來自分の資産を賢く使はうとするもので、土地を遊ばせてゐる地主が多いとしたら、それこそが本人にとつて「有効」な使ひ方だからだ。その背後には、土地を宅地以外に轉用すれば固定資産税の税率が引き上げられ、賣却すれば讓渡税をとられ、恣意的なゾーニングで使途を規制され、家を建てて賃貸すれば借家人保護等で利用權を事實上制限されてしまふといつた、無數の規制の存在がある。だが國家權力を使つて不逞な地主どもを「追いつめ」ろと叫ぶ齊藤氏は、さうした事情には言及しない。

副題「いかに働き、投資するか」の「投資」に惹かれて贖入した人は失望するに違ひない。この本で扱ふ「投資」の話とは、上述した部分からもわかるやうに、「株主や地主など、持てる者が当然の責任を果たしていくこと」(p.218)といふお説教だけなのだから。所有權は守られるべき個人固有の權利であって、なにかの「責任」を果たす見返りに國家からあたへられる恩恵ではないことを、他のマクロ經濟學者同樣、齊藤氏は理解してゐない。

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