勝者と敗者は助け合ふ

資本主義經濟には競爭の勝者と敗者がつきものである。政治家や智識人の多くは敗者に同情を示し、政治の力で格差を是正せよと主張する。しかしそのやうな一見善意あふれるおこなひは、決して敗者自身のためにならないし、むしろ敗者を不幸にするだらう。 その…

ケインズ教のマインドコントロール

特別手配されてゐた元信者が相次いで逮捕されたオウム真理教は、かつて一部の智識人から好意的に評價され、それが教團の宣傳に利用された。今ではさすがにオウムの教義が肯定的に紹介されることはない。ところが經濟學の世界では、人々に害惡を及ぼす狂つた…

道徳を權力で強ひますか

マイケル・サンデル『それをお金で買いますか』(鬼澤忍譯、早川書房)が發賣された。序章が先行出版された際に一度批判したが、今囘全體を讀んでみたら、さらにお粗末だつた。サンデルは、自分がふさはしいと思はない領域で、人々が自由にふるまふことが感…

クイズでわかる立憲主義

自民黨が四月に發表した憲法改正案は、ひどい内容だ。とりわけひどいのは、すでにウェブ上で指摘されてゐるやうに、立憲主義を否定してゐることである。しかし立憲主義と言はれても、普通の人はピンとこないだらう。下手をすると、「飛鳥時代には聖徳太子が…

「騙されるな!」に騙されるな

高橋洋一の新刊『「借金1000兆円」に騙されるな!――暴落しない国債、不要な増税』(小学館101新書、2012年)で有益なのは、デフレや國債にまつはる謬論を批判する最初の部分だ。たとへば藻谷浩介のこととみられるが、人口減少がデフレの原因だとする主張に對…

リフレ主義は國家主義――中野剛志『レジーム・チェンジ』

デフレ(物價の下落)は不況や失業を招く惡であるから、政府の政策を動員して「適正な」インフレ(物價の上昇)に引き戻さなければならない。かうした考へをリフレ主義と呼ぶ。これまでリフレ主義の誤りとそれが經濟・社會に及ぼす害惡についてはたびたび批…

社會主義者ケインズ

ケインズの主著『一般理論』が山形浩生の新譯(正式な邦題は『雇用、利子、お金の一般理論』)で講談社学術文庫に入つた。すでに電子版もインターネットで公開されてゐるが、同時に手頃な紙の本として讀めるやうになつたのは、世界が財政金融危機に襲はれて…

不徹底な自由の擁護――池田信夫・藤沢数希の原發本

福島原發事故一年を前に、池田信夫、藤沢数希といふ二人の著名ブロガーが相次いで原子力發電に關する本を上梓した。いづれも基本的には原發を含む電力の自由化を唱へてをり、その限りにおいて評價できる。しかし仔細にみると、肝腎な部分で政府の關與を許容…

相場觀と正義感の物語――『世紀の空売り』

マイケル・ルイスの新刊『ブーメラン』がベストセラーになつてゐる。それに刺戟されてか、二年前に出た前著『世紀の空売り』(東江一紀譯、文藝春秋)がまた賣れ始めてゐるやうだ。『ブーメラン』も面白さうなのでいづれ讀んで感想を書きたいが、この機會に…

經濟學に數學はいらない

「文系人間」の私は大學受驗を最後に、數學とほとんど縁のない生活を送つてゐるが、數學とは不思議で美しいものだといふ氣持ちはある。たとへばオイラーの等式だ。一見何の關係もなささうにみえる圓周率、對數、虚數がじつは相互につながつてをり、その關係…

『資本論』は砂上の樓閣

「日経BPクラシックス」から、マルクス『資本論』が中山元氏の新譯で刊行され始めた。賣り物のひとつとなつてゐるのは、これまで「剰余価値」と譯されてゐた語を「増殖価値」と改めたことだ。「訳者あとがき」によると、「Mehrwert の Mehr は、たんなる剰余…

貿易協定はいらない

あけましておめでたうございます。今年もラディカルに頑張る所存です。どうぞよろしく。 昨年11月、政府が環太平洋經濟連携協定(TPP)交渉參加を表明し、同協定への關心があらためて高まつてゐる。本屋の經濟書コーナーをのぞくと、一年近く前に刊行された…

南北戰爭の虚像と實像

日本のメディアではほとんど話題にされないけれども、今年はアメリカ南北戰爭(1861-65年)開戰百五十周年の節目にあたる。アメリカでは終戰百五十周年までの五年間、數々の講演、展覽會、シンポジウムが豫定されてゐるといふ。南北戰爭は兩軍あはせて六十二…

理論武裝にスキあり――藤沢数希『日本人がグローバル資本主義を生き抜くための経済学入門』

ブログ「金融日記」で知られる藤沢数希氏の新刊『日本人がグローバル資本主義を生き抜くための経済学入門――もう代案はありません』(ダイヤモンド社、2011年)は好著だ。おそらく最近出版された日本人著者による經濟本のなかで、これほど徹底して市場經濟・…

サンデル教授、やつぱりヘンですよ

昨年のベストセラー、マイケル・サンデル『これからの「正義」の話をしよう』(鬼澤忍譯、早川書房)が早くも文庫本になつた。單行本が出たときに一度この本については批判を書いたが、文庫本には特別附録として、來春刊行豫定といふ最新作 What Money Can't…

松本清張「西郷札」――通貨強制がもたらす悲劇

肩のこらない短い物語が讀みたくなつて、光文社文庫の『松本清張短編全集』第一卷を買つてきた。冒頭に收められたのは昭和二十六年のデビュー作「西郷札」である。松本清張といへば推理物だから、歴史物らしいこの作品はこれまで敬遠してゐたが、せつかくな…

『新オーストリア学派とその論敵』

ホメロスの敍事詩『オデュッセイア』は英語でOdyssey(オデッセイ)だが、小文字のodysseyになると「長い放浪」「遍歴」といふ意味の普通名詞として使はれる。日本の經濟學者で、越後和典氏ほどこの言葉に似つかはしい知的人生を送つてきた人はゐないだらう。…

『日本人として読んでおきたい保守の名著』

潮匡人『日本人として読んでおきたい保守の名著』(PHP新書、2011年)カバー見返しの内容紹介にかうある。 「ネット保守」という言葉に代表されるように、若い世代で「保守」を自認する人が増えている。しかし、保守層にも日米・日中の外交関係から、TPP参加…

『老子』

『老子』(小川環樹譯註、中公文庫、1973年)戰勝のしらせが屆けば、銃後の國民は花火を上げ、旗行列をして喜ぶ。凱旋將軍は群衆の歡呼と小旗の波に包まれ、盛大な出迎へを受ける。洋の東西を問はず、どこにでも見られる光景だらう。戰爭に勝てば、それを祝…

『原爆投下決断の内幕』

ガー・アルペロビッツ『原爆投下決断の内幕――悲劇のヒロシマ・ナガサキ』(上下、鈴木俊彦他譯、ほるぷ出版、1995年)原爆投下決断の内幕〈上〉―悲劇のヒロシマナガサキ作者: ガーアルペロビッツ,Gar Alperovitz,鈴木俊彦,米山裕子,岩本正恵出版社/メーカー:…

『デフレの正体』

藻谷浩介『デフレの正体――経済は「人口の波」で動く』(角川oneテーマ21、2010年)著者紹介欄によると、藻谷氏は「平成合併前の約3200市町村の99.9%、海外59ヶ国を概ね私費で訪問した経験を持つ」といい、現場で得た豐富な情報を賣り物にしてゐるやうだ。ま…

『マネー避難』

藤巻健史『マネー避難――危険な銀行預金から撤退せよ!』(幻冬舎、2011年)本書には日本の財政問題への嚴しい認識をはじめ、賛同できる部分も少なくない。しかし「円安になれば、今の日本にあるほとんどの問題が解決するのです」(209頁)といふ圓安信仰がす…

『原発のウソ』

小出裕章『原発のウソ』(扶桑社新書、2011年)福島原發事故の發生以來、「原發事故が起こつたのは市場原理主義のせゐ」といふ非難をウェブで時々目にする。「それは間違ひだ」と市場原理主義者である私が言つても信じてもらへないだらうから、次の文章を讀…

『古典で読み解く現代経済』

池田信夫『古典で読み解く現代経済』(PHPビジネス新書、2011年)著者池田氏は「日本で自由主義を根づかせる努力が必要」(p.135)と述べ、自由主義的經濟學者であるハイエクやフリードマンを好意的に取り上げてはゐる。しかしそれだけに、自由主義とは對極…

『図説 ハプスブルク帝国』

加藤雅彦『図説 ハプスブルク帝国』(河出書房新社、1995年)民族自決、國民國家、民主主義。これらはそれほどすばらしいものなのか。ハプスブルク帝國の歴史を知るにつれ、疑問がつのる。ハンガリー生まれの歴史家、フランソワ・フェイトはかう主張してゐる…

『競争の作法』

齊藤誠『競争の作法――いかに働き、投資するか』(ちくま新書、2010年)デフレ脅威論をデータで反駁する第1章は、おもしろい。2002年から2009年まで消費者物價指數はほぼ横ばいだつた。2009年は前年比1.4%低下で、1971年以降最大の下げ幅を記録したと騒がれ…

『大災害から復活する日本』

副島隆彦『大災害から復活する日本』(徳間書店、2011年)副島氏の本は何册も讀んでゐるので、たいていのことには驚かない。福島第一原發事故について「もうどの原子炉も爆発することはない。安心してください」(p.14)などと斷言してゐるのはさすがにどう…

『「通貨」を知れば世界が読める』

浜矩子『「通貨」を知れば世界が読める――"1ドル50円時代"は何をもたらすのか?』(PHPビジネス新書、2011年)世界的な金融危機をきつかけに、通貨への關心が高まつてゐる。21世紀の通貨制度はどうあるべきか。著者浜氏は本書で「通貨体制の三元構図」(p.…

『荒木飛呂彦の奇妙なホラー映画論』

荒木飛呂彦『荒木飛呂彦の奇妙なホラー映画論』(集英社新書、2011年)人氣マンガ家である著者の本だから、お氣に入りの作品をただ羅列し、紹介する駄本であつても、賣れたことだらう。しかし本書はそのやうないい加減な本ではない。借り物でない、自前の見…

『経済学革命』

木下栄蔵・三橋貴明『経済学革命――復興債28兆円で日本は大復活!』(彩図社、2011年)著者の一人である三橋氏はケインズ經濟學のデタラメを戲畫的に體現するネットのカリスマとして知られるが、相方の木下氏はそれをしのぐスケールのでかい人物だ。工學博士…