クイズでわかる立憲主義

自民黨が四月に發表した憲法改正案は、ひどい内容だ。とりわけひどいのは、すでにウェブ上で指摘されてゐるやうに、立憲主義を否定してゐることである。しかし立憲主義と言はれても、普通の人はピンとこないだらう。下手をすると、「飛鳥時代には聖徳太子が作つたといはれる十七條憲法があつたから、日本は立憲主義だつたのだ。どうだすごいだらう」などと胸を張る人がゐるかもしれない。もちろん違ふ。立憲主義を理解するには、「憲法を守らなければならないのは誰?」といふクイズの解答を考へてみるとよい。

「和をもつて貴しとなせ」で有名な十七條憲法は官僚の心得を説いた文書にすぎず、ヨーロッパを發祥の地とする近代憲法とは根本的に異なる。近代憲法は國王の權力を制限し、國民の自由を守るために生み出された。だから通常、立憲主義とは、國民の自由を守るため政府による權力の行使を憲法で縛らうといふ近代特有の考へを指す。

このことを知れば、クイズの解答はわかるだらう。「憲法を守らなければならない」のは、縛られる側、つまり政府だ。國民ではない。理解を深めるために、さらに應用問題をやつてみよう。全六問。

【問1】理屈をこね囘して叛抗する子供に業を煮やし、父親が「お前の言ふことなど聞きたくもない。默つてゐろ」と叱つたところ、子供は「お父さんは言論の自由を侵してゐる。憲法違反だ、人權侵害だ」と怒つた。子供の言ひ分は正しいか誤りか。

誤り。日本國憲法第21條に定める言論の自由とは、政府が國民に保障するものだから、親がいくら子供の發言を禁止しようと、憲法違反にはならない。同じやうに、會社の會議で上司が部下の意見を「君は默つてゐろ」と封じても、言論の自由を侵害したことにはならない。

【問2】ある政治家の發言に怒つた右翼が街宣車を繰り出し、「けしからん。さつさとやめろ」と抗議運動をやつたところ、政治家は右翼が言論の自由を侵してゐると非難した。正しいか誤りか。

誤り。右翼は政府ではないから、言論の自由を侵したことにはならない。政治家がどうしても法に訴へたかつたら、名譽毀損や脅迫などで告訴すればよい。

【問3】日本人の若者が單身海を渡り、ある國の傭兵になつた。この行動にたいし「日本は憲法で海外での武力行使を抛棄してゐるのだから、日本人がよその國に行つて傭兵として銃をぶつ放すのは憲法違反だ」と非難するのは正しいか誤りか。

誤り。武力行使の抛棄をうたつた憲法第9條は、政府を縛るものだから、傭兵になることを禁じる法律がない以上、日本人が外國の傭兵になつて何をしようが自由である。ここまでの三問は小室直樹『日本人のための憲法原論』(集英社インターナショナル、2006年)の記述をもとに作つたものだが、小室が強調するとほり、「憲法に違反することができるのは国家だけ」(53頁)なのである。さて平和憲法つながりで次の問題。
日本人のための憲法原論
【問4】「平和憲法を守ろう」と國民に訴へる共産黨は、立憲主義を理解してゐるか。

理解してゐない。憲法を守らなければならないのは政府なのだから、國民に「守ろう」と訴へるのはをかしい。それを言ふなら「(政府に)守らせよう」だらう。「だから左翼はダメなんだ」と思つたあなた、ここで自民黨の改憲案を見てもらひたい。

【問5】改憲案に「全て国民は、この憲法を尊重しなければならない」といふ條文を入れた自民黨は、立憲主義を理解してゐるか。

理解してゐない。何度も言ふやうに、憲法は國民を縛るものではなく、政府を縛るものだからだ。それをまるで「俺も守るからお前も守れ」と言はんばかりに、國民にも憲法の「尊重」を押しつけ、憲法を守る義務を相對化するのは、立憲主義の精神を事實上否定するものだ。もちろん自民黨はそれを承知のうへで、政府にとつて何かと邪魔になる憲法の足かせを改憲で外さうとしてゐるのだらう。さうした近視眼的な發想そのものが、權力の濫用といふ苦い歴史的經驗から生まれた立憲主義への無理解を示してゐる。まつたく政治家つて奴は……。といふわけで最後に、政治家などよりはるかに思慮深いはずのこの方にご登場願はう。

【問6】次の發言は立憲主義を理解したものと言へるか。「ここに、皇位を継承するに当たり、大行天皇の御遺徳に深く思いをいたし……皆さんとともに日本国憲法を守り……」(平成元年一月九日、朝見の儀における「おことば」)

ええと、畏れ多いのであまり言ひたくないけれども、もうおわかりだらう。さう、理解したものとは言へない。憲法第99條が定めるとほり、天皇憲法を尊重・擁護する義務を負ふが、國民にそのやうな義務はない。だから「皆さん(國民)とともに日本国憲法を守」るといふ表現は適切でない。どうやら日本人は、朝野を舉げて立憲主義に無理解なやうである。改憲を論じる前に、立憲についてもう一度學んだはうがよささうだ。

(追記1)「平和憲法を守ろう」といふ共産黨の訴へは、改憲勢力から憲法を「守ろう」といふ意味にも取れる。だがもし共産黨が立憲主義の重要性を理解してゐるのであれば、少なくともたまには「守らせよう」と言ふはずだし、言ふべきだ。
(追記2)天皇の「おことば」にある「皆さん」とは、拜謁した閣僚らを指すとの見方もある。その場合、天皇の發言は立憲主義上問題ないことになる。
(「『小さな政府』を語ろう」でも公開)