巨大地震と經濟 五つの謬論(3)復興國債を發行せよ

復興資金をまかなふもう一つの選擇肢として取りざたされてゐるのは、國債だ。エコノミスト高橋洋一氏は、十兆圓程度必要といふ復興資金の財源として、増税案を批判し、それに代へて「復興國債」の發行を提唱してゐる。それも日銀による直接引受がよいといふ。

國債を引き受けるために日銀が紙幣を大量に刷つた場合、副作用としてインフレ(物價上昇)の恐れがある。これに對し高橋氏は「今はデフレであるので、その弊害は少ない」といふ。高橋氏の持論から察するに、今は物價下落が續くデフレなので、紙幣を多めに刷つても市民が困るやうな大幅なインフレにはならないし、むしろ多少のインフレは經濟にプラスだと言ひたいのだらう。

高橋氏をはじめとするリフレ派の「デフレ惡玉論」のをかしさは以前も指摘したので繰り返さないが、たとへ年二〜三パーセントの物價上昇でも、その分、人々の保有するカネの價値は減る。つまり「見えない税」を取られてゐるのと同じだ。高橋氏は増税に反對しておきながら、「見えない税」にはむしろ賛成するのだから、支離滅裂もいいところだ。

それからリフレ派がまつたく言及しないことだが、かりに物價が上昇しなくても、政府・日銀がカネの量を膨らますとき、人々はやはり「見えない税」を取られてゐる。カネの量を増やしても物價が上がらないのは、人々が働いて、カネが増える以上に多くの物やサービスを生み出してゐるからだ。本來なら、物やサービスの量が増えた分、物價が下がり、暮らしは樂になり、貯めたカネの價値は上がるはずなのに、政府・日銀がカネを刷りまくるために、物價は横ばいか小幅下落にとどまり、人々はそれ以上の物價下落による經濟的な恩恵に浴することができないのだ。

かりに物價全般が落ち着いてゐたとしても、地域や品目によつて大幅な物價高を招く恐れがある。高橋氏自身、「被災地での物資不足に対して、局地的な価格上昇の可能性はある」と認めてゐる。それに對してどうするか。高橋氏は元官僚の地が出たのか、「不当価格値上げがないかどうかはしっかりと行政で監視する必要がある」と怖いことを言ふ。「不当」な値上げなどといふものに客觀的な基準はないし、値上げを政府が力づくで抑へこもうとすれば供給不足を招き、むしろ被災者に不便な生活を強ひるのは經濟學のイロハだ。「政府による通貨膨脹→インフレ→強權的な物價抑制→統制經濟→全體主義」といふ歴史上お定まりのコースが目に浮かぶ。

高橋氏は「この機に乗じて日本国債にアタックを仕掛けてくるという外国ヘッジファンドの噂」「(ヘッジファンドは)冷酷なハイエナ」などと、これまた經濟的に有害無益な、NHKの三流經濟ドラマまがひの國粹主義的發言もしてゐる。もし日本國債相場が暴落するとしたら、それは相場の脆さを見拔いて売りを仕掛けた外國ファンドの責任ではなく、日銀に紙幣を刷らせて國債を野放圖に發行しまくつてきた政府の責任だし、さうした財政金融政策にお墨つきを與へてきた專門家にも責任の一端はあるはずだ。この期に及んでなほ國債の大増刷を主張しておきながら、國債が暴落した場合の責任を外國ファンドに押しつけようとは、無責任もはなはだしい。

高橋氏が經濟學的にナンセンスで、反自由主義的・國家主義的な發言をするやうになつてしまつたのは、ファンだつた者として殘念だ。

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