自衞權はいらない

自衞權は國家固有の權利であり、獨立國である以上、自衞權を持つのは當たり前だ――。政府はこのやうに主張し、國民の多くもさう信じてゐる。しかし國家が自衞權を持つといふのは、個人の正當防衞權とは異なり、けつして自明の理ではない。とりわけ日本におい…

經濟學者の暴走統計學

統計學は面白い。Σや√といつた記號を見ると頭が痛くなるけれども、具體的データに基づいて人間の直觀を覆すエピソードは樂しい。ベストセラーとなつた西内啓『統計学が最強の学問である』(ダイヤモンド社)でも、たとへば最近流行のビッグデータに疑問を投…

金保有批判の愚

橘玲は『日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル』(ダイヤモンド社)で、インフレ對策としての金保有について否定的見解を述べる(113-114頁)。内容ごとに分けて引用しよう。 金は鉄や銅などの金属とちがって工業用としてはほとんど用途がなく、地中か…

國家頼みで資産は守れない

街を歩いてゐるとき、逃走中の強盜犯が兇器を手に現れたら、どうすればよいか。もちろん、できるかぎり遠くへ逃げなければならない。身を守りたければ、間違つても強盜犯に近づいてはいけない。資産を守る場合も同じである。個人の資産にとつて最大の脅威は…

平和主義を手放すな

平和主義といへば、日本國憲法の基本原則にも掲げられる考へ方だが、最近すこぶる評判が惡い。東アジアの國際情勢が緊張する中で、現實味のないユートピア主義にすぎないとの見方が、智識人だけでなく、一般の人々の間でも強まつてゐる。しかし平和主義は、…

政府に治安を任せるな

たいていの經濟學者は、警察、司法、國防を民間では供給できない特殊なサービスとして、政府による獨占を認める。だがそれは間違つてゐる。社會の治安を守るこれらのサービスは、きはめて重要だからこそ、非效率な政府に任せず、自由な競爭がある民間で供給…

保守は經濟がわからない

1989年前後にソ聯・東歐の社會主義諸國が崩潰し、左翼言論人が信奉するマルクス經濟學の威信は地に墮ちた。それ以來、讀者を増やしたのが保守派言論人の經濟論である。「左」の經濟論が間違つてゐたのだから、「右」のそれは正しいだらうと人々が思ひこむの…

新自由主義者の意地

今年1月に死去した經濟學者、加藤寛(慶應義塾大學名譽教授)の遺作『日本再生最終勧告――原発即時ゼロで未来を拓く』(ビジネス社)が刊行された。副題にあるとほり、加藤は本書で原子力発電の即時停止と廢爐を主張してゐる。加藤がかつて自民黨政權のブレー…

疑似科學を信じるな

かつてレーガン米大統領は、政策判斷に占星術師の意見を取り入れてゐたことが曝露され、世間の物笑ひになつた。しかし少なくとも現在の日本人にレーガンを笑ふ資格はない。占星術と五十歩百歩の疑似科學によつて經濟政策を決めようとしてゐるからだ。その疑…

サンデル教授、ちょっと変ですよ

〔電子書籍『サンデル教授、ちょっと変ですよ――リバタリアンの書評集 2010-12〈政治・社会編〉』より、「はじめに」を転載〕 本文でも取り上げるマイケル・サンデル『ハーバード白熱教室講義録+東大特別授業』という本で、政府による課税と再分配を支持する…

マクロ經濟學のウソ

大規模な金融緩和や財政出動を柱とする安倍晋三政權の「アベノミクス」は海外でも賛否兩論だが、最も舌鋒鋭く批判した一人は、米國の經濟評論家ピーター・シフだらう。シフは1月のテレビインタビューでかう語つた。「日本にこれ以上のインフレは必要ありませ…

「破綻しない」は良いことか

經濟評論家の三橋貴明は、最新刊『経済の自虐主義を排す――日本の成長を妨げたい人たち』(小学館101新書)で、日本政府の負債(借金)はすべて日本圓建てだから、圓をいくらでも發行できる日本政府が財政破綻することはありえない、といふ持論を繰り返す。だ…

古びない眞理

經濟學は時事問題を取り扱ふことが多いし、目新しい理論がしばしば脚光を浴びるので、何十年も昔の入門書など價値がないと思ふかもしれない。だがそれは誤解である。經濟學は人間の行爲についての學問であり、人間の本質が變はらないかぎり、過去に見出され…

『國富論』を稱へるな

前囘述べたとほり、アダム・スミスは『國富論』で、經濟學的に重大な誤りを含む議論を展開してゐる。『新・国富論』の浜矩子はこれらの議論に言及してゐるが、誤りであることを知らないらしく、批判するどころか、偉大なスミス先生の御説はやはりすばらしい…

デフレの神話

〔電子書籍『デフレの神話――リバタリアンの書評集 2010-12〈経済編〉』より「はじめに」を転載〕昨今、万人から忌み嫌われる悪役は映画やマンガの世界でもあまりお目にかからないが、現代経済学の世界にはそれがいくつかある。三つ挙げれば、まずデフレ(物…

アダム・スミスを崇めるな

アダム・スミス(1723-90)といへば、「經濟學の父」として有名である。主著『國富論』(1776)は經濟學の古典として名高い。けれどもスミスは、ほんたうに「經濟學の父」だつたのだらうか。『國富論』はそれほどすばらしい名著なのだらうか。この二つの問ひ…

デフレより怖いリフレ

經濟學者のほとんどは、デフレ(物價全般の低下)は經濟に惡影響を及ぼすと主張する。そしてその多くは、二―三パーセントのインフレ(物價全般の上昇)に戻す政策を提言する。これをリフレ政策と呼び、そのおもな手段は積極的な金融緩和である。だが以前も書…

經濟危機の犯人

安倍内閣が事業規模二十兆圓超にのぼる緊急經濟對策を閣議決定した。今年度補正豫算案の規模は十兆圓超で、リーマン・ショック後の2009年に麻生内閣が組んだ十五兆圓弱に迫る。かうした大型の經濟對策が正當化されるのは、經濟危機は市場經濟の失敗によつて…

ハイパーインフレが起こるとき

日銀にインフレ(物價上昇)目標設定を要求する安倍政權が發足したことで、言論界の一部ではインフレへの警戒心が高まり、ハイパーインフレ(急激な物價上昇)の發生を警告する聲さへある。これに對し、日本はデフレ(物價下落)に苦しんでゐるのだから、心…

2012年人氣記事ベストテン

あけましておめでたうございます。2012年によくアクセスされた記事ベストテンです。 金本位制といふ選擇 ハイパーインフレはあり得ないか 「資本主義の暴走」のウソ 松本清張「西郷札」 ノーベル經濟學賞の虚像 謀略なんか怖くない いつか來た「第三の道」 …

陰謀論を笑ふ愚

陰謀論は、たいていの言論人やメディアにすこぶる評判が惡い。多くの場合、「陰謀論にすぎない」と嘲笑され、それで議論を打ち切られてしまふ。しかしさうした態度は間違つてゐる。陰謀論を妄想の産物だとして頭から否定してかかる言論人は、一見「リアリス…

市場經濟への濡衣

市場經濟はしばしば、經濟・社會問題の元兇として責められる。しかしそれはたいていの場合、根據のない濡衣(ぬれぎぬ)である。眞犯人は、これもたいていの場合、政府である。 經濟評論家の三橋貴明は、著書『2013年 大転換する世界 逆襲する日本』(徳間書…

自由で人は孤立しない

自由は個人を孤立させ、社會の絆を分斷するといふ、よくある主張は誤りである。自由が擴大しても、進んで選んだ場合は別として、他者との關係が稀薄になることはない。それどころか、自由な社會でこそ、人はさまざまな他者と知り合ひ、影響し合ひ、助け合ふ…

マクドナルドは官僚制?!

豆腐と角砂糖は、どちらも白くて四角で、食べられる。しかしだからと言つて、豆腐と角砂糖が同じものだとは子供でも言はない。表面上似てゐても、本質はまつたく異なるからである。ところが經産官僚の中野剛志は、最近出版した『官僚の反逆』(幻冬舎新書)…

市場は弱肉強食か

市場經濟は「弱肉強食」だとよく批判される。だがこれほど歴史的な事實に反する誤解はない。西洋法制史を專門とする山内進が著した『文明は暴力を超えられるか』(筑摩書房)を讀めば、それがよくわかる。 市場經濟以前の中世歐州社會は、どのやうなものだつ…

民主主義を疑へ

衆議院が解散し、欝陶しい政治の季節が始まつた。衆院選についてメディアや言論人は相變はらず、政治を再生する一歩にせよとか、民主主義の原點に立ち返れとか、紋切型の言辭を竝べてゐる。今なすべきは、政治や民主主義そのものを疑ふことなのに、誰もそれ…

クラブ擁護の理念

音樂といへばクラシックとJポップくらゐしか聽かないダサい男なので、クラブ・ミュージックの智識はないし、クラブに行つたこともない。だから日本でクラブが存續の危機に瀕してゐることなど、うかつにも知らなかつた。磯部涼編著『踊ってはいけない国、日本…

見失はれた爭點

米國大統領選で、民主黨のバラク・オバマが共和黨のミット・ロムニーを破り、再選された。各種メディアは、「大きな政府」を是とするオバマが「小さな政府」を指向するとされるロムニーを破つたことで、米國や世界にどのやうな影響を及ぼすかあれこれ豫想す…

ふしぎな「資本主義の精神」

今年ベストセラーとなつた橋爪大三郎・大澤真幸『ふしぎなキリスト教』(講談社現代新書)は、誤りが非常に多いとしてキリスト教徒からツイッターで批判されてゐたやうだが、その内容がふツー連編『ふしぎな「ふしぎなキリスト教」』(ジャーラム出版)とい…

政府が起こした大恐慌

今月は大恐慌が始まつた月である。今から八十三年前、1929年10月24日の「暗黒の木曜日」のニューヨーク株暴落をきつかけに、米國で長期にわたる深刻な不況が起こり、世界に廣がつた。現在の一般的見方では、大恐慌は自由放任的な資本主義が招いた「市場の失…