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「デフレは惡い」のウソ(1)

私は高橋洋一氏のファンだ。行政の中樞で働いた經驗がある人だけに、その官僚・政治家批判はじつに具體的で勉強になる。税金の無駄遣ひや天下りのデタラメを指彈する文章を讀んでゐると、主張そのものの徹底ぶりもさることながら、古巣への遠慮もあるだらうに、よくぞそこまで言へるものだと感歎する。

そんな高橋氏に一つ不滿がある。それは彼が「デフレ(物價が持續的に下がり續ける現象)は惡い」と主張し、さらなる金融緩和政策によつてデフレを解消せよと繰り返し提言してゐることだ。以下、ベストセラーとなつた『日本経済のウソ』(ちくま新書、2010年)で述べられた高橋氏のデフレ論に對し、批判を試みる。

日本経済のウソ (ちくま新書)

日本経済のウソ (ちくま新書)

第2章「危機はいかに克服されるか?」の目玉は歴史上のデフレを取り上げ、論評した部分だ。だがこの部分に入る前に、「デフレは惡い」といふ議論のどこがをかしいか、簡單に説明しておいた方がよいだらう。ちやうどこの章の初めに高橋氏がデフレの惡について述べた箇所があるので、これをたたき臺にしよう。

デフレとは世の中の物價の大半がおしなべて下落する状況だ。物價が下がれば物が安く買へるやうになる。喜ばない人がゐるだらうか。ところが、かうした素人考へは誤りだと高橋氏は指摘する。たしかに「たとえば給料が変わらないとすれば、物価が下がることはむしろ歓迎すべきこと」だ。しかし實際にはさうではないと言ふ。デフレは人々が働く企業の經營を苦しくするからだ。その理由を高橋氏はかう説明する。

デフレでモノの値段が下がると、多少販売数量が伸びても単価の低下がそれを上回るため売り上げも減っていきます。(p.85)

しかしこれはをかしい。デフレでモノの値段が下がると「多少販売数量が伸びても単価の低下がそれを上回る」と高橋氏は言ふが、なぜ常にさうなると斷言できるのか。單價の低下を販賣數量の伸びで補つて餘りある場合もあるはずだ。

むしろ企業とは、大衆に「より安く、より多く」販賣することによつてこそ成長するものだ。有名企業だけ舉げても、自動車のフォードやトヨタ、パソコンのデル、外食のマクドナルド、衣料のユニクロ等々。賣値を下げても賣上は減るどころか、大きく伸びてゐる。「モノの値段が下がると、多少販売数量が伸びても単価の低下がそれを上回る」といふ高橋氏の主張は、論理的にも經驗的にも誤つてゐる。

一歩讓つて、かりに販賣單價の低下を販賣數量の伸びで補ひきれず、賣上が減つたとしても、ただちに企業の經營が苦しくなるわけではない。儲かるか損をするかは賣上だけで決まるのでなく、賣上とコストの差で決まるものだからだ。

デフレで物價全般が下落してゐるのであれば、時間差や品目による濃淡はあるかもしれないが、賣上だけでなく、コストも減るはずだ。それぞれ同じだけ減るのであれば、企業經營が苦しくなることはない。賣上が減ることだけを指摘し、コストに言及しないのは片手落ちだ。

もちろん、これには前提がある。コストとなる商品やサービスの價格が自由に下がることだ。もし何らかの理由で特定の商品やサービスの價格が下がらなければ、賣上だけが減つてコストが減らず、企業經營は苦しくなるだらう。

たとへばうどんの賣値が下がつてゐるのに、原料となる小麥の値段が政府の輸入規制で高止まりしたままなら、うどんを製造・販賣する會社の經營は當然苦しくなる。だからといつて、うどんの値下がりを食ひ止めるために、政府が國民全員に一年間有效の「うどん劵」を配るべきだらうか。そんなことは馬鹿げてゐるし、效果も續かない。規制を廢止して安價な小麥を輸入すれば濟むことだ。

同じことは賃金にも言へる。賃金は企業のコストの大きな部分を占めるが、賃下げや解雇で自由に減らすことは難しいとされる。だが賃下げや解雇が難しいのは、勞働組合の政治力を背景に政府が最低賃金や解雇制限などの規制を張り巡らしてゐるからだ。商品の賣値が下がつたのに勞働コストが下がらず、企業の收支が惡化し、そのあふりで派遣社員が雇ひ止めにあつたり新卒者が採用されなかつたりするとしたら、惡いのは正社員の賃金や雇傭を過度に保護した勞働規制であつて、デフレではない。

同樣の議論は他にもある。高橋氏はかう書いてゐる。

今の年金制度には、物価スライドが組み込まれており、物価水準によって年金支給額は上下にスライドするはずです。ところが、デフレになると支給額は本来下方に修正されるべきであるにもかかわらず、政治的配慮のためにそうなりません。(p.84−85)

デフレになると年金支給額は本來、物價に連動して下がるはずなのだが、「政治的配慮」によつて据ゑ置かれたままといふ。年金財政が將來どうならうと構はず、支給額を實質増額し、高齢有權者の點數を稼がうといふわけだ。あきれた話だが、だからといつて、支給額を實質目減りさせるためにインフレを起こすべきだらうか。斷じてノーだ。そんなことをすれば無責任な政治家たちはますます増長し、國民が拂ふべきツケは大きくなるばかりだらう。年金を選舉目當ての道具にさせないやうにしなければ、解決にはならない。

もうお分かりと思ふが、「デフレの惡」とされる現象は結局のところ、行政の規制や政治の力で市場が十分に機能しないことから生じてゐる。人々を苦境に追ひやる元兇はデフレではない。政府だ。高橋氏には本當の惡を見失つてもらひたくない。
デフレの神話――リバタリアンの書評集 2010-12〈経済編〉 (自由叢書)
私の主張に對し、リフレ政策支持の立場からはさらなる反論があり得るだらう。たとへば「規制緩和とリフレ政策は兩立し得る。同時にやればよい」といふ指摘だ。この指摘は、リフレ政策は經濟に害惡を及ぼさない、少なくとも利益を上囘る害惡をもたらすことはないとの見方を前提としてゐる。だがそれは本當だらうか。(續く)

Libertarianism Japan Projectへの寄稿を一部修正)

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