『アメリカの大恐慌』を讀む(6)最良の不況対策は自由放任

最良の不況対策は自由放任(Government Depression Policy: Laissez-Faire)

もし政府が不況をできるだけ早く終はらせ、經濟に正常な繁榮を取り戻したいのであれば、何をなすべきだらうか。この問ひにロスバードは一言で答へる。「市場の調整過程に干渉しないこと」。政府の干渉で市場の調整が遲れれば遲れるほど、不況は長く嚴しくなり、完全な恢復が難しくなる。ところが實際には、政府は常に「不況對策」と稱して市場に干渉し、事態を惡化させてきた。

America's Great Depression

America's Great Depression

ここでロスバードは政府がよくやる「不況對策」を列舉する。現在の日本でもおなじみの代物ばかりであることに驚くことだらう。これらは市場の調整過程を妨げ、政府のかけ聲とは逆に不況を長引かせる元兇なのだ。ここは全文譯しておかう。

  • 企業整理の妨碍・先延ばし(Prevent or delay liquidation.) 傾いた企業に融資する、銀行に追加融資を求める等。
  • 貨幣量のさらなる膨脹(Inflate further.) 貨幣の供給量をさらに増やして必要な物價下落を沮み、調整を遲らせ、不況を長引かせる。融資を擴大させると、誤つた投資(malinvestment)がさらに増え、いづれ不況によつて整理しなければならない。政府の「金融緩和」は、市場で必要とされる水準に金利が上昇するのを妨げる。
  • 賃金率押し上げ(Keep wage rates up.) 不況下で賃金率を人爲的に高めに維持すると、大量の失業が絶え間なく續くことになる。それだけでなく、貨幣量が收縮すると物價が下がるので、賃金率を据ゑ置くといふことは實質賃上げを意味する。企業への需要が落ち込む中で、これは失業問題をはなはだ深刻にする。
  • 物價押し上げ(Keep prices up.) 價格を自由な市場で決まる水準より高く維持すると、買ひ手のつかない過剩な生産につながり、經濟成長への恢復を妨げる。
  • 消費刺戟・貯蓄妨碍(Stimulate consumption and discourage saving.) 貯蓄を増やし消費を減らせば經濟の恢復は早まるし、逆に消費を増やし貯蓄を減らせば資本不足に拍車をかける。政府は食料劵(food stamp)の支給や失業給附などで消費を刺戟することもあるし、高率の課税、とりわけ富裕層や企業・資産への課税によつて貯蓄と投資を妨げることもある。實際のところ、いかなる増税も政府支出も貯蓄と投資を妨げ、消費を刺戟する。なぜなら政府支出とはすべて消費だからだ。民間の資金であれば、一部は貯蓄され投資に囘る。だが政府の資金はすべて消費される。したがつて政府の經濟に占める相對的規模が少しでも大きくなれば、社會の消費投資比率を消費寄りにシフトさせ、不況を長引かせることになる。
  • 失業への補助(Subsidize unemployment.) 失業に(失業「保險」や給附金の形で)補助を行ふと、失業をいつまでも長引かせ、勞働者が仕事のある分野に移るのを遲らせてしまふ。

以上がロスバードによる「不況を長引かせる六つの方法」だ。政府がかうした政策を連發してゐるやうだと、不況からなかなか脱出できないどころか、さらに深刻になる恐れすらある。大恐慌がアメリカ史上最惡の不況となつたのは、これらの「不況對策」のせゐなのだ。

一般的な大恐慌の解説本には、當時のフーヴァー政權が自由放任主義にこだはり、何もしなかつたから不況が深刻になつたと書いてある。だが實際には、ロスバードが後で詳しく述べるやうに、フーヴァーは株價大暴落の直後から、盛りだくさんの「不況對策」を次々に實行してゐた。フーヴァーは自由放任主義者などではなかつた。恐るべき干渉主義者だつた。その誤つた干渉政策こそが空前の大不況を招いたのだ。大恐慌は市場の失敗ではない。政府の失敗だつた。

政府にとつて不況時に最も大切な心得、それは市場の調整過程を邪魔しないこと、何もしないことだとはすでに述べた。だがあへて言へば、やれることが一つある。經濟における政府自身の役割を小さくすること、具體的には政府支出の削減と減税だ。減税はとくに貯蓄と投資を妨げる課税を減らすことが望ましい。政府が課税・支出を減らせば、民間でより多くの貯蓄が可能になり、それが投資に囘り、より早い經濟恢復が可能になる。

一言で言へば、不況時に政府がなすべき政策とは「嚴密な自由放任」なのだ。このやうな「市場原理主義」的な主張は、おそらく一般の讀者がすんなり受け入れにくいものだらう。ロスバードが本書を著した1960年代はケインズ主義が經濟學を支配してをり、不況期に自由放任などとんでもない暴論とみなされてゐたが、2000年代に入つた今でも、不況期には中央銀行による金融緩和が常識となつてゐるし、さらに「大膽な」緩和に踏み切るべきだといふ意見すら一定の支持を得てゐる。一方で嚴密な自由放任主義は、病人を鍛へるために激しい運動をさせるやうな「シバキ主義」だと揶揄されてゐる。

大恐慌から八十年以上が過ぎても、その眞の教訓を人々は學んでゐない。

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